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【24】「え?なにその顔。」

「バイオリンは無理だけど、ピアノで良ければ弾こう。」 「…は?」 「僕を差し置いて錦君に恍惚感を味わわせるなんて。そりゃぁ弾かないと。 そうだ、連弾しようよ、それなら錦君の演奏も聞けるし一石二鳥だね。」 今なんて…。 僅か数秒だが、思考停止した。 「今なんて?」 「そうだ、連弾しようよ?それなら弾いてくれるだろ?」 違うそれより前だ。 聞き間違いではない筈だ。 バイオリンは弾けないがピアノなら弾けると確かに言っていた。 「連弾とは一台のピアノを二人で演奏する事…。」 「うんそうだね。」 「つまりはピアノが弾けるのか?」 間抜けな返事だ。 「うん。高校生の頃発表会でピアノ弾いたよ。え?なにその顔。 物凄く可愛いけど目が零れ落ちそうだよ君。唇ポカーンとしちゃって可愛い!」 「初耳なんだが!!?」 「初めて言ったからね。」 何を演奏したんだと男の腕にしがみ付いて問えば、彼は笑いながら 「一日目はビゼーのファランドール。二日目はイベールのおてんば娘 」と答えた。 「何故あの別荘にピアノを置いていないんだ?」 ピアノが有れば毎日この男に演奏させるのに。 そして偶にでも良いから連弾もしてみたい。 今すぐ別荘に帰り身代金を要求しろ。 それで海外逃亡してピアノを買おう。 この男には艶やかな光沢を放つ漆黒のグランドピアノが似合う。 あぁ、でも。この容姿に似た柔らかく深い焦げ茶色も良い。きっと――…白も似合うだろう。 勿論そんな言葉を口にする事はないが…一言「聴きたい。」と乞うた。 「僕は君と違いちゃんと習った事なんてないよ、ただ好きだったからね。 殆ど耳コピだ。それらしいものにはなっても聞き苦しいと思うよ。」 「聴音だけで、ファランドールは弾けないだろう。」 「完成度の高さを求めなければ演奏位はどうにでもなる。今思えば結構恥かいていたかもね。」 楽譜が読めれば、形だけでも演奏はできる。 ピアノを習っていない同級生が「ねこふんじゃった」は弾けるのと同じだ。 「それでも良い。」 完成度の高さも技術も求めてはいない。 聴きたいのは男が弾くピアノ演奏だ。 「僕は君のピアノが聴きたいんだけど。」 「お前の演奏を聴かせて欲しい。」 「連弾したいな。」 「…分かった。」 「僕は楽譜見ながら適当に遊んでいただけだから指もばらばらでテンポも不正確だよ。おまけに暫く弾いていない。 君の足を引っ張るかも。」 男が意味ありげに見つめてくる。 只では弾かないと言うことか。 彼の表情が交換条件を迫っている。 「練習していないなら俺も同じだ。――…大したものは弾けないぞ。」 「そうこなくっちゃ。」 男が嬉しそうに笑った。

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