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【3】「お前はカブトムシか。」

基本的に菓子類は食べない。 唯一偶に食べる甘味は蒸菓子か浮島くらいだ。 「一人で食べろ。」 棘のある物言いも無言の拒絶もどちらも男には意味がない。 その程度でしりごみする程繊細でも小心でもない。 能天気な笑顔で無遠慮に錦の額の髪を払い頬を撫でる。 おい貴様誰が触って良いと許可をした。 洗い物をしていたからか、少しひんやりとした手が気持ち良い。 それがまた気分を下降させた。 「まだ気分悪いの?」 少し眩暈がする程度で気分はもう悪くない。 ただ怠いのだ。 「錦君、ケーキ食べようよ?一口で良いんだよー。美味しい紅茶も入れたよ? 錦くぅん。君が相手してくれないとつまらないよ。錦君ってば。まだ気分悪いの?糖分摂った方が良いよ。」 大きな独り言だ。加えて煩い。 鼻で笑うと、男に後頭部に手を差し込まれた。 そのまま壊れ物を扱う様にやさしくそっと抱き起こされる。 何をするんだ。 「よっこいしょー。」 ソファに座りなおすと、男がティーセットをテーブルまで運んできた。 錦の前には温かい紅茶が置かれる。 「ちなみに茶葉は?」 「ダージリンにしたよ。」 あんなに迷っていたくせに。 ウバもアッサムも缶を並べただけで出番はなかったらしい。 「面倒だろう。そこまで気を使わなくても良いのに。」 男の前には氷の入ったグラスがある。 冷たい飲み物を好まない錦の為に態々二つ用意したのだ。 気持ちは嬉しいが、やはり面倒だろう。 「別に手間じゃないよ。」 ガムシロップ代わりにメープルシロップを勢いよく入れる男に思わず顔を顰め る。 グラスの中で水位がぐっと上がった。明らかにシロップの入れ過ぎだ。 正直に言えば気持ちが悪い。 「お前はカブトムシか。」 「カブトムシよりクワガタの方が好きだね!」 元気よく言い放つ男に「俺は昆虫など大嫌いだ。」と返した。

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