53 / 90
【3】「お前はカブトムシか。」
基本的に菓子類は食べない。
唯一偶に食べる甘味は蒸菓子か浮島くらいだ。
「一人で食べろ。」
棘のある物言いも無言の拒絶もどちらも男には意味がない。
その程度でしりごみする程繊細でも小心でもない。
能天気な笑顔で無遠慮に錦の額の髪を払い頬を撫でる。
おい貴様誰が触って良いと許可をした。
洗い物をしていたからか、少しひんやりとした手が気持ち良い。
それがまた気分を下降させた。
「まだ気分悪いの?」
少し眩暈がする程度で気分はもう悪くない。
ただ怠いのだ。
「錦君、ケーキ食べようよ?一口で良いんだよー。美味しい紅茶も入れたよ? 錦くぅん。君が相手してくれないとつまらないよ。錦君ってば。まだ気分悪いの?糖分摂った方が良いよ。」
大きな独り言だ。加えて煩い。
鼻で笑うと、男に後頭部に手を差し込まれた。
そのまま壊れ物を扱う様にやさしくそっと抱き起こされる。
何をするんだ。
「よっこいしょー。」
ソファに座りなおすと、男がティーセットをテーブルまで運んできた。
錦の前には温かい紅茶が置かれる。
「ちなみに茶葉は?」
「ダージリンにしたよ。」
あんなに迷っていたくせに。
ウバもアッサムも缶を並べただけで出番はなかったらしい。
「面倒だろう。そこまで気を使わなくても良いのに。」
男の前には氷の入ったグラスがある。
冷たい飲み物を好まない錦の為に態々二つ用意したのだ。
気持ちは嬉しいが、やはり面倒だろう。
「別に手間じゃないよ。」
ガムシロップ代わりにメープルシロップを勢いよく入れる男に思わず顔を顰め る。
グラスの中で水位がぐっと上がった。明らかにシロップの入れ過ぎだ。
正直に言えば気持ちが悪い。
「お前はカブトムシか。」
「カブトムシよりクワガタの方が好きだね!」
元気よく言い放つ男に「俺は昆虫など大嫌いだ。」と返した。
ともだちにシェアしよう!