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【4】「単純に男への好意故だ」
小薔薇が描かれたレースラウンドの白いデザートプレートの上に、 スクエア型の小ぶりなケーキが四つ並んでいる。
同じ年齢の子供で有れば歓声でもあげただろうが、錦は特別何かを思うことはない。
ただ、綺麗な見た目の菓子があると思う程度だ。
「…。」
無言でじっと見る錦に男がヘラりと相好を崩した。
「錦君とケーキの組み合わせ可愛すぎる。写真撮らせて。」
「その写真を如何するつもりだ。 逮捕された時、『錦君は僕が用意したケーキを食べて喜んでいました。』 とでも言うつもりか。残念だったな。俺は甘い物が嫌いだ。」
誘拐一日目で嫌いなものは甘い物と言っていた。
つまりこれは嫌がらせか。
お前は馬鹿かと言いたかったが、考えてみれば錦の言葉など男がすべて覚える義理はないし配慮の必要もない。
つまり馬鹿は錦と言うとになるし、嫌がらせなど自意識過剰も良い所と言い返されお終いだ。
余計な事は言わない方が良い。
それ以上の言葉を噤む。
「違うよ。待ち受けにするのさ。あとパソコンの壁紙にして引き延ばして部屋にも貼ろうかなぁ。」
君は瞬き一つでさえ映画のワンシーンみたいに見える。
そんな事を真顔で言う男こそ、些細な表情や仕草がまるで映画のワンシーンの様な美しさがある。
曇りガラスを使用した天窓から、拡散された光が男へ降り注いでいる。
光の中で、微笑んだ男は西洋絵画の天使の様だった。
毛先だけが僅かに曲線を描いている猫毛と揃いの胡桃色の瞳が陽光に淡く透けて綺麗。
真っ直ぐに伸びた白く長い指の動きが綺麗。
伏せた睫の影が滑らかな肌に映えて綺麗。
写真を撮る様に、その華やかな姿を網膜に焼き付ける。
基本的に容姿の美醜など興味ない。
整った容姿の人間が珍しい訳でもない。
しかし、と男を見て錦は目を細める。
――こんなに綺麗な姿をしているんだな。
溜息まじりに関心を寄せるのは、単純に男への好意故だ。
ぼんやりと男を見つめる。
「あ、今「嫌がらせか」って思っただろ?」
大きな半月の目が錦を見つめる。
見つめ返すと唇が笑みを刷いた。
少しだけ気まずい気持ちになり眼をそらす。
「少しだけ思った。」
長い指が、ストローを回せば氷がカラリと涼しげな音を鳴らす。
「甘い物嫌いって言ってたから、あまり甘くないの用意したんだ。もしかしたら好きになるかもしれないじゃないか。」
ケーキなど甘味の代表ではないか。
紅茶のカップを引き寄せ呆れて言えば男は首をかしげる。
「錦君、甘味の代表はクラブジャムンだよ。勝手に代表の座を下したら可哀想じゃないか。」
「何だそれは。」
聞いたことのない菓子の名前に対してと、何が可哀想なのか意味が分からないと言う意味だ。
「インドの最強ドーナツだよ。食べれば虫歯になると言われるほどの甘さなのさ。 友人知人合計十三人の内、僕の知る限り旨いと喜んだのは味覚と頭が可笑しい一人だけだ。 因みにその人クラブジャムンに嵌っちゃってさ。はははは。」
友人知人に対する罰ゲームか嫌がらせか?
旨いと喜んだそいつは被虐趣味なのだろう。
と言おうとしたが、他国の食文化を貶すことにつながるので控えた。
錦の様に甘いものが苦手な人間も居れば逆に好物とする人間もいるのだ。
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