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【6】「誰に向かい口をきいているんだお前は」

「…態々購入までしてご苦労な事だ。」 「ん?僕の手作りだけど。」 「は?」 錦はもう一度目の前に置かれたケーキを見下ろす。 何やらキッチンで作業をしているとは思ってはいたが、まさか菓子作りとは。 スライスされた桃が開花した薔薇の様に表層を飾るムースケーキ。 ミントの乗るグレープフルーツソースが鮮やかなヨーグルトケーキ。 しっとりと焼き上げられたオレンジが練り込まれたショコラケーキにキャラメルソースのかかる南瓜のケーキには砕いた胡桃が乗せられている。 ティーカップと揃いのデザインのデザ―トプレートに並んだケーキを見てから もう一度男を見る。 「錦君、何て顔してるの?自信満々に上手く化けたつもりが余りにも美しすぎて君は妖精だと正体を見破られた時の顔だねそれは。」 「…分かりやすく頼む。」 「鳩が豆鉄砲を食ったような顔。そんなに驚く事かな?ご飯だっていつも手作りじゃないか。ケーキくらい作れるよ。」 手作りだと…? 「…何だと。レース塗れのエプロンを付けているだけでも視覚的な暴力なのに、 ケーキ作りだと?お前は女か。生まれる性別を間違えたなら今すぐ赤ん坊からやり直せ。」 「錦君は結構差別的な思考回路をしてるなー。それとも何、まだ頭ボーッてしてるの? たしかに、眼が少しトロンってしてるね。うん、可愛いから許す。」 「いつものエプロンは如何した。あのアホロートルリューシスティックの間抜け面のアップリケがついたエプロンだ。」 左右真逆の方角に黒目を向けて白いアホロートルが鮫の様な 歯をむいてダブルピースをしているアップリケが特徴的なデニム地のエプロンを男は愛用している。 「アホロートルに剥きだす程の歯が有るのか?」 男曰く、殆ど使用しないがアホロートルにも歯はあるらしい。 ちなみに金魚にも咽頭歯って言う歯が有るよと言われ少し驚く。 自宅にある図鑑にはそんなこと記載されていなかった。 「やだ錦君そんなショックうけちゃって。御免ね、ウーパールーパーの金五郎は洗濯籠の中なのさ。」 金魚に歯があることに驚いていただけだ。 そう言うが男は聞いていない。 「あのエプロンを着けてる僕の方が好きってエッチ!」 誰に向かい口をきいているんだお前は。 と内心思いながら、あえて無視をする。 一言で言えば面倒くさい。 「ケーキ上手にできてるでしょ。褒めて褒めて、凄いでしょ」 「…凄い。」 認めたくはないが素直にすごいと思う。 何となく腹が立ったので、わざと棒読みで言ってやる。 大人げなくて結構だ。

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