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【2】「腹の立つ男」

義兄だと? 「――貴様ふざけるなよ。」 この一月悩みに悩んだ俺の時間と苦悩を汲んでくれないか。 「でもさ、生まれ変わった気分にならないかい?」 なるわけない。 土下座して謝れ。 「夏休みの前と後で色々変わったろ?君が幸せになる条件には何が必要?」 幸せであるかどうか等そんな事一度も考えたことが無かった。 ただ、男の側にいると「幸せだ」と感じる事が確かに多かったのは真実だ。 「僕は必須だろ?」 何て傲慢な男なのだろう。 ――図星だからこそ腹が立つ。 無言になり靴の脱げば、上がり框に腰かけていた海輝がすっと立つと錦に手を差し出す。 「あとで、家を案内してよ。君の部屋見てみたいな。良い?」 「かまわない。だがな、その前に俺も良いか?」 錦は目の前の手を取り引っ張る様にして、框に上がる。 開いた足を踏みしめてそして渾身の力で男の――海輝の腹に拳を打ち込んだ。 拳が肉に沈み込むと予想したが、びりっと電流を流したかの様に鋭い痛みが拳から肩にかけ走り、 同時に――それこそ、ボールが壁にぶつかり返ってくるように―― 錦の体は弾き返され後ろに倒れそうになる。 「おっと危ない」 と海輝が腕一本で抱き寄せ胸に収める。 胸元に収まったまま、何が起こったのか理解できず瞬きを繰り返す錦を見下ろし海輝が笑い声を漏らした。 「所で錦君、何故腹だったの?」 単純に身長差があり顔よりも腹を攻撃した方が楽だからだ。 「手は大丈夫かな?」 ――どういうことだ?何があった? ひょろりと薄く見えた体だが、拳が硬く強靭な肉にぶつかり今も痺れている。 長い指が錦の手を握りそっと擦る。 「痛かっただろ?」 海輝が体を九の字に曲げて、呻き声でもあげれば溜飲が下がっただろうが、 如何考えてもダメージを受けたのは錦だけだ。 何て腹の立つ男だ。 「自業自得とはいえ、何だか可哀想な事をしたな。」 「じ、自業自得?」 「そう。僕の腹を殴りつけた錦君の事だよ。」 その言葉が火に油を注ぐとは思わないのだろうか。 もはや、わざとではないかと勘繰りたくなった。 これ以上目の前の男相手に怒りをぶつけても無駄だ。 落ち着け錦。 時と場所を考えろ。 ここは家だ。 使用人と母が居る場所で、怒鳴り声をあげる訳にもいかない。 何よりも柳が風の吹く如くのらりくらりとした海輝と話をしていると、 一方的に怒りを感じていることに馬鹿らしさを通り越し虚しささえ感じ始めた。 「僕はね脱いでも凄いんですよ錦さん。」 「…もう良い。」 冷静になれば、この男に怒る事など何一つないのだ。 この男が素性を明かさなかったのは錦への情だ。

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