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【4】「嘘みたい」
裏庭に面して建てられた茶室の腰掛待合に座り涼んでいる海輝の首筋を、汗が伝うのを一瞥し錦は空を見上げる。
暑い。
額に滲んだ汗を手の甲で拭うが、やはりすっきりとしない。
潤みべたついた肌が気持ち悪い。
別荘から自宅へ戻り休憩をした後夕食までの時間つぶしに、敷地内を案内していたのだ。
海輝と共に歩き回っているだけなのだが、美術展をまわるみたいで楽しい。
「茶室まであるなんてすごいねぇ。」
苔むす路地を眺め「そうか」と短く返す。
母屋の本座敷から離れた場所にある茶室を最後に案内は終了した。
茶室にはありとあらゆる秘密が、厭らしい劣情と裏切の記憶と共に渦巻いている。
できれば、案内をしたく無い場所だが、事情を知らぬ海輝に不信感を与えたくはない。
苦く不快な思いを飲み下す錦とは相反し海輝は主庭とは違う景色を楽しんでいる。
蝉が松の木から羽ばたき別の松へと飛んでいく。
ぼんやりとその軌跡を追いながら、日差しの強さに気が滅入った。
時刻はすでに17時になるが、晴天の空は夏特有の明るさだ。
海輝。
ぽつりと口に乗せると8歳年上の義兄は笑いながらも 「何度目かな?」と言いつつ律儀に返事をした。
返事など必要のない独り言だ。
時折、鼻の奥がツンとして視界が滲む。
涙は零れなかったが、小さく鼻を鳴らした錦に気まずそうに海輝が鼻の頭をかき
「悪かったよ。そろそろ許してくれ。」
と言った。
小首をかしげ頭を差し出すと、真意を汲んだ彼は笑いながら手を乗せ髪をかき回す。
「こっちにおいで。」
砂糖でも塗したかの様な甘い声で立ったままの錦に手招きをする。
隣に座ると、笑顔のまま錦の髪を梳いて頬へ手が落ちる。
錦は手を重ね頬擦りをした。
「――不思議な気分だ。」
「僕もだよ。」
「お前が、この家に居る事が信じられない。」
この男が、家族だなんて嘘みたいだ。
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