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【5】「だから知りたい」
義兄は錦にとって幻とも言えた。
何も知らされていなかったのだ。
誰一人として「彼」の存在を口にしなかった。
当時は義兄の存在をあくまで「知っていた」だけだ。
情報自体が無く、名前も年齢も何も知らなかった。
気にならなかったと言えば嘘になる。
誰かが自分がいた場所に収まるのだと考えれば、心中穏やかではいられなかった。
しかし――不要となった己の立場を省みれば、義兄の存在を口にする事はどうしても出来なかった。
「――お前はいったいどこの誰なんだ。」
「誰でも良いじゃないか。君の兄になった事実だけでは不満?」
――錦は七歳以降は公の場には出ていないので分からないが彼が朝比奈と言うなら、慰労会、 茶会、社交界、記念パーティーでも良い。
何処かで一度は会っていそうなものだが一度も目にした事はない。
「お前は俺のことを知っていたのに俺はお前の事を知らなかった。」
公の場に姿を現さない場合、その理由は大雑把に二つに分かれる。
立場か家柄だ。
そして両者ともさらに二タイプに分かれる。
かなりの希少価値故に、公の場にあらわさない。
主に寵愛されているから誰の目にも触れさせぬように隠されているパターンか、または朝比奈の暗部に属する人間であろう。
スパイその他汚れ仕事故に表舞台には立てない彼らは朝比奈として存在はしない。
後者は妾腹故に日陰の身であるか、単純にかなりの遠縁であり血縁関係が無いに等しい家かだ。
「不公平だ。」
「そう?」
実態を伴わぬ義兄は透明人間に近かったのだ。
年月が経てばその存在すら真実なのかも曖昧になる。
家族になるのであれば異様な状況と言える。
嵐の海同然の熾烈な後継者争いにその身を投じさせる為の道具に過ぎないのか。
それとも、大事に隠し持っていたのだろうか。
「何も知らないんだ。だから知りたい。それだけだ。」
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