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【20】「さぁ、欲しいと言いなさい。」
「やめろ。朝比奈を害することは許されないと言った筈だ。」
「僕は君を害する人が許せない。君を翳らすものが許せない。だから、最初に君の邪魔をする人間を排除しよう。 それが良い。これなら、この家の為に働いてる事にもなるね。君の大好きなお父様もお母様も君が上に行けば喜ぶよ。 あぁ、僕もくっ付いていくから、二倍の功績で喜びも倍だろ。」
「君の大好きな」を強調しながらも、染み入るような優しい声で名前を呼ぶ。
「さぁ、欲しいと言いなさい。」
自ら求めなくては、何も与えられることはない。
手を伸ばさないと、何も得る事はない。
毒杯を口元に充てられた気持ちになる。
錦は、それを跳ね除ける。
「そんなの要らない。名誉も地位もいらない。何もいらない。俺の為に誰かから何かを奪うようなことはしないでくれ。」
「僕相手じゃ求める事は出来ないの?」
「――違う…」
じりじりと、蝉の鳴き声がやけに遠くで聞こえる。
鼓動がうるさい。
意識を攫うような濃密な空気をかき分けて、言葉を探して手繰り寄せる。
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