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第2話 家

「...ただいま」 憂鬱で苦痛な学校が終わり、家に帰る。 ただいま、なんて言って穴が開いたような心を埋めようとするけど逆に空しくなるだけだった。 僕の家は三階建てだ。 一階は姉の部屋、そして母の部屋。 二階はリビングとキッチン。 三階は僕の部屋、そして母の愛人の部屋だ。 母の愛人というのはこの家に母が連れてくる人の事だ。 父は僕が母のお腹にいる頃には、既にもう別れていたらしい。 いつからだろうか。僕が物心ついたときにはよく家に男性を連れ込んでいた。 やってくる人は毎回違う人だった。 そして、人を連れ込み愛人の部屋に入ると母の甘い喘ぎ声が何時間と続いた。 その行為はいつも朝まで行われ、朝の早い時間に相手は家を出て行く。 何故そんな事がわかるのか、なんて答えは一つだ。 一階にいる姉には聞こえないが、真横の部屋の僕にはしっかりとその声や音....。 まるでその場にいるような錯覚に落ちるような気になるほど聞こえるのだ。 僕はそのせいでいつも眠りにつくのが遅く、毎日が寝不足だった。 特に、学校での暴力が酷いときにはとても辛かった。 何故、僕が日常的に暴力を受けているか。 その原因は僕の存在全てが原因だった。 僕以外の人間、勿論姉や母にも頭から生える角があった。 鬼のように大きな角や、羊のようにクルリと丸まった角。そして、宝石のようにキラキラと光る角などさまざまな種類があった。 僕らにとって角は全てだった。 角で上下関係がつき、角で就ける仕事が決まり、角で自分の生涯を共にする相手を決める者もいる。 そんな必要不可欠なものが僕には無かった。 幼児の頃は皆、生えていないものだ。 幼児の時点では母から得られる栄養だけでは角は当然出来やしない。 それから、大きくなっていくにつれ自分の性格、価値観などで段々と成長していく。 角は充実しているとより美しく、より綺麗なものになる。 反対に、小さな頃から貧乏で裕福ではない人間の角は弱弱しく、小さな塊のようになることもあるらしい。 この角の成長には年齢の限界は無く、過酷な人生の半分を過ぎた人間が宝くじを当て、黄金に光る立派な角になったという話すら聞いたことがあった。 ___だが、僕にはそれはない。 いつかきっと立派な角になる、なんて思える事は良い。 ただ、僕にはその角が無い。 僕は二ヶ月に一回、角の専門の病院に通っている。 角には特殊な細胞があり、角の根となるところにはそれが蓄積しているのでとてもわかりやすい。 検査では、僕にもそれはある。 ちゃんと頭の上に根は張っている。 ただ、それが出てこない、成長しなかった。 外に放出されない僕の根は、特殊な細胞を日に日に溜めていっている。 それは、他の角が生えている人間と比べて数倍の数値となって検査で出てくる。 それでも一ミリも出てこない僕に似た臆病な角は、僕を嘲笑っているようだった。 医者は「いつか、体外へ出る日がきますよ、希望を捨てないでください」なんて言う。 その言葉は小さい頃から言われ続けて約十数年。もう綺麗事にしか聞こえなかった。 いつまで経っても伸びない僕の角は、医者から奇妙に見られ検査した結果を報告書に書いては病院に所属する研究員に渡しているようだった。 (いつまでもこのままでいてください、良い実験体なんですから) 優しい仮面を被り、綺麗に光る角を持っている先生の目はそう言っているようで怖くなった。 僕は0だ。 足すことの出来る1以上の数を既に持っているというのに足されることは無い。 どれだけ良いものを見たって、どれほど素敵な体験をしたって0に何をかけても0だった。 1さえあれば。1だけでもあればかけることが出来るのに。 いくら無意識で育つといったって、1すらも増えない僕の角にやっぱり僕は臆病なんだな、と苦笑いするしかなかった。

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