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アオキ8
「おい、いつまであんたが身体検査 してるとこ見てなきゃならないんだ」
惨めに啜り泣くアオキの隣で苛立つような声が聞こえた。
先程よりも粗野な言い方に紅鳶 が苛立ちを感じているのがわかる。
「これ以上付き合ってられない」
紅鳶 の言葉に、アオキは弾かれたように顔を上げた。
優しい色を湛えた凛とした眼差しは既にアオキから逸らされている。
きっと見たくもないものを見せられて、不愉快に思っているに違いない。
アオキが自らそうしたわけではないのだが、彼に拒絶されたかもしれないと思うと胸のどこかがツキンと痛んだ。
でもこれでいい。
これ以上辱しめを受けている姿を紅鳶に見られずに済むのだ。
それにゆうずい邸の一番手を張る男に、ほんの一時でも会えた。
本来なら決して会う事はできない男に。
それだけは幸運だったと思えば、これ以上惨めな気持ちにはならないはずだ。
ギュッと目を瞑り唇を噛み締めていると、突然床を這っていた身体がふわりと宙に浮いた。
「………っえ?」
まるで羽か何かのように持ち上がったアオキの身体は、いつのまにか絨毯を両足で踏み締めていた。
僅かに傾いた身体は、熱いものに包まれる。
襦袢の襟元から覗く鍛えられた胸板が目の前に飛び込んできて、アオキは一体何が起こったのかわからなくなった。
乱れた身体が打ち掛けに包まれて、ハッとして顔を上げると、端正で凛とした男らしい顔が間近にあった。
シャープな輪郭や、男らしい喉仏、鎖骨や口元、紅鳶のパーツに次々と目が奪われる。
たちまちアオキの顔は火照り、その熱は身体中に広がった。
「それで、あんたが言いたいのはなんだ」
紅鳶の妨害ともいえる行為を咎めるでもなく、楼主はすっかり火の消えてしまった煙管 から灰を落としている。
「そいつはなアオキつって、しずい邸の男娼なんだが、どうも成績がいまいちでなぁ。まぁ、本来なら座敷牢にぶちこんで折檻するのがルールなんだが、見ての通り顔はいいだろ?再教育でもすりゃあまだ見込みもあるんじゃねぇかと思って」
楼主は雁首に詰めた紙タバコに火をつけてデスクに凭れると、懐手に紫煙を燻らせながら紅鳶の腕の中にいるアオキをじっと見据えた。
「ハッ…それであんたはできの悪い男娼を呼びつけては毎回こうして慰み者にしてるってわけか」
「おいおい、人聞き悪い事言うんじゃねぇ。俺は男娼 には手を出さねぇ主義だ。但し商品が使い物になるかならねぇかのチェックくらいはする」
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