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アオキ17

あれから文字通り散々泣かされ乱されたアオキがようやく解放されたのは明け方の頃だった。 泥のように眠り、目が覚めると、今まで感じた事のない腰の鈍痛と関節の軋む痛みに苛まれていた。 何をするにも腰に響くし、気を抜くと膝から崩れ落ちそうになる。 まるで初めてを奪われた時のようだ。 いや、それ以上かもしれない。 しかしそこに嫌悪や後悔はなく、むしろ不思議と満たされていた。 頭の先から爪の先まで徹底的に快楽で埋め尽くされ、最後の方はアオキ自ら腰を振っていた。 淫らな言葉を並べ立て、強請り、貪欲に快楽を貪った。 思い出すだけで恥ずかしくなるが、きっとここではあれが普通の事なのだと今更ながらに思う。 と同時に、今までよくも自分のような半端者が男娼をやっていられたものだと呆れた。 性技もへったくれもない男娼が、決して安くはない花代を支払って指名してくれた客に対して嫌々セックスしていたなんて。 楼主や紅鳶の言葉が痛いほどよくわかる。 自分はきっとひねくれていたのだ。 産みの親に捨てられ、育ての親には売られ、多額の借金を背負わされ、身体を売らなければならなくなった。 どうせ自分なんて誰にも求められていない、何をしてもいつか裏切られる、そうやって勝手に自らを憐憫に思い運命を恨んでいた。 そんな事をしたって、自分の悲運が変わるわけでもないのに。 一体昨日まで自分は何の為に意地を張っていたのだろうか。 「アオキ」 突然、名前を呼ばれてアオキはハッとして顔を上げた。 目の前ではコンロにかけられたやかんが沸騰した事を知らせるようにシュンシュンと音をたてている。 ぼんやりしていた事に気づき慌てて火を消そうとして屈んだ瞬間、注ぎ口から吹き出る湯気に顔を突っ込んでしまった。 「あつ……!」 反射的に避けようとしてバランスを崩す。 しかし、踏み込んだ足から腰にかけて鈍い痛みが響き、アオキはあっという間に床に転がった。 直ぐに紅鳶が火元を消し、倒れこんだアオキに駆け寄る。 「大丈夫か!」 身体を支えられ起こされる。 幸い熱かったのは一瞬だけだった。 鏡を見ていないからわからないが、きっと大した火傷は負っていないだろう。 ほんの少し右頬がピりつくくらいだ。 「申し訳ございません」 慌てて起き上がろうとすると、押えていた右手を引き剥がされる。 アオキの右頬を見た瞬間、紅鳶の表情が険しくなった。 しかしアオキの方はというと、掴まれた手首から夕べ彼にされた淫らな数々を思い出してしまいそれどころではなくなってしまう。 身体の芯がじんわりと熱くなってくるのがわかり、アオキは慌てて目を逸らした。 「平気です、これくらい」 「ダメだ、ちゃんと冷やさないと痕が残るだろ」 強い口調の紅鳶に思わず瞠目してアオキは視線を戻す。 心なしかその表情に焦りがみえ、アオキは戸惑いながら紅鳶を見つめた。 しかし、紅鳶は直ぐに視線を逸らすと立ち上がり蜂巣の外にいる男衆に氷と薬を持ってくるよう指示をする。 そうして戻ってくるとアオキをベッドに座らせ手当てを始めた。 真剣な眼差しの紅鳶の顔を見るたび、心臓がどくどくと早鐘を打つ。 意識をしないようにと思っているのに、どうしても昨夜の事が頭から離れない。 軟膏を纏う長い指先、形のいい唇、逞しい胸板と、目が勝手に惹き寄せられていく。 たった一晩抱かれただけで、自分の肉体はどれだけ淫蕩になってしまったのだろう。 彼は手当てをしてくれているというのに。 「……あの、すみません俺の不注意で」 恥知らずな欲望を隠すように謝ると、紅鳶の手が止まった。 「いや、急に声をかけた俺が悪かった。痛むか」 アオキが首を横に振ると、それまで険しかった紅鳶の表情が少し和らいだ。 「大した火傷じゃないが暫くは薬をつけてろ。あと、もう火は使うな。ほしいものがあれば外にいる男衆に言えばいい」 こくりと頷くと、紅鳶は安心したように微笑みアオキの頭をくしゃりと撫でた。 そんな些細な事でさえ心臓が跳ね上がる。 「それで、何か飲みたかったんだろ?外にいる男衆に言ってやるから言ってみろ」 「……ありがとうございます。でも俺のじゃないんです。紅鳶様が、俺のせいであまり眠れてないんじゃないかと思って…その…コーヒーでも煎れようかなと思って…」 「……俺の、ため?」 そう言うと、紅鳶は再び眉間にしわを寄せた険しい表情になる。 アオキは慌てて謝った。 「…俺なんかに気を遣われても…嬉しくないですよね…」 「いや、何ていうか…昨夜は少しやり過ぎたと思っていたから、まさかお前が俺に気を遣ってくれるとは思ってなかった」 肩透かしを食らったような表情の紅鳶にアオキは首を横に振った。 「そんな……俺みたいな出来損ないのために紅鳶様の手を煩わせているんですから当然のことです…」 少し迷ってアオキは続けた。 「俺、今まで自分がどれだけ情けなかったかよくわかりました。親に見離されて借金背負わされて身体を売る羽目になって…自分の人生なんてどうせこんなもんなんだって諦めてたんです。それから全てに期待するのをやめました」 期待しなければ、上さえ見なければもう二度と失望する事はない。 そうして研修を受けた後も、腐った考えのままズルズルと男娼をやってきたのだ。

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