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アオキ18
ここにいる男娼は多かれ少なかれ事情を抱えて生きている。
特にアオキのいるしずい邸には訳ありが多い。
きっと誰もが最初から運命を受け入れ、直ぐに淫売になれたわけではないだろう。
アオキのように自暴自棄になったり絶望したり、それでもこの廓で生きていくために覚悟を決めなければならなかった。
そうしなければ他に身の置き場がなかったからだ。
張見世に立つ男娼たちは皆、自分で自分を奮い起たせそうやってどん底から這い上がってきたのだ。
「どうにもならない過去を恨んで捨て鉢になっても、どうせ世界に復讐なんてできない。それならここでやるしかないって思ったんです。男娼として生きていく以外、俺に生きる路はないから」
アオキはそっと目を伏せた。
それに理由はもう一つあった。
昨夜紅鳶に再教育を受けてから自分の肉体は明らかに変わりつつあった。
何故他の男にされても反応のなかった身体が紅鳶には開いてみせたのか、もう一度彼に触れて確かめてみたい。
「つまり覚悟ができた、というわけか」
アオキの話を静かに聞いていた紅鳶が口を開く。
こくりと頷くと、紅鳶は薬の入った小瓶とアイスノンをサイドボードへと避けた。
アオキ、と呼ばれて顔を上げる。
紅鳶が真摯な眼差しでこちらを見ていた。
「お前には素質がある」
「素質…?」
「ああ、ハッキリ言って中の具合いがすこぶるいい」
数秒間思考を巡らせて、ようやく意味を理解したアオキは真っ赤になった。
「肉体的なものだけじゃない。見た目もだ。元々の美貌もあるが……お前が乱れた時の表情はなんというか…男の欲情を煽る」
紅鳶の言葉にますます顔が熱くなる。
顔を褒められる事は度々あったが、淫らな表情や具合いを褒められたのは初めてだった。
他の男に言われても聞き流していたかもしれないが、紅鳶に褒められると何だか別のものに感じる。
うれしくて…でも恥ずかしい。
しかし、次にかけられた紅鳶の言葉にアオキは唖然とした。
「俺がお前を一番手にしてやる」
「…………いち、ばん、て……?」
「お前の感受性の高い肉体と男を食わせるその素質があればここで一番手を張る事だってできる。見てみたくないか?天辺からの眺めを」
戯れ言だと思った。
しずい邸での成績は下から数えた方が断然早い自分が、落ちこぼれと言われ、腐っていた自分が、一番手になれる?
そんな事できるわけない。
ようやくやる気を見せはじめたアオキに夢を持たせるような事を言って、奮起させようとしているに違いない。
「俺には…無理です。それにしずい邸にはアザミがいますから」
アザミはしずい邸でも群を抜いて人気の男娼だ。
妖艶な見た目はもちろん、言葉巧みに男を惹きつけ、その卓越した性技と仕草であっという間に虜にしていく。
アオキとの成績の差は歴然で、アオキとアザミの間には越えられない壁があった。
明らかな格の違い。
あんな風に自分がなれるとは到底思えなかった。
「アザミだか何だか知らないが、そんなものは関係ない。お前のやる気次第でどうとでもなるもんだ。言っておくが俺は嘘はつかないし、やると決めたらとことんやるぞ。お前が望むならどんな景色でも見せてやる。天国も、地獄もな」
紅鳶はそう言うとアオキの帯に手をかけた。
しゅるりと衣擦れの音がして前で結ばれていた帯がほどけていく。
途端に不安になり、アオキは思わず紅鳶の手を掴んでいた。
淫売になる事に対しての覚悟を決めたばかりだというのに、一番手になるだなんてそんな大それた事ができるのだろうか。
それに、そこを本気で目指したらいよいよ元の自分には戻れなくなる、そんな気がしてたまらなくなった。
「俺を信じろ」
震える手に重なってきたのは紅鳶の大きな掌だった。
顔を上げると、先程よりも真剣な眼差しで紅鳶がこちらを見下ろしている。
意思の強い眼差しに見つめられると、躊躇いや恐怖はあっという間に熔け崩れていく気がした。
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