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アオキ25

「うわ、中丸様だ」 一人の娼妓の言葉を機に、アオキへ向けられていた敵意が一瞬にして鳴りを潜める。 他の娼妓が次々に視線を落としていく中、アオキは何事かと目を瞬かせていた。 「また来たんだ、あの人。最近毎日来てるんだよね」 ツユクサが素っ気なく呟くと格子の外に目配せをしてくる。 そこにいたのは、中丸という名前の三十代後半くらいの男だった。 陽に焼けた浅黒い肌にがっちりとした体格。 いかにもな雰囲気を持ったその男はかなりねちっこいセックスをするとして、このしずい邸ではちょっとした有名人だ。 特定の娼妓を指名せず、いつもふらりとやって来ては格子の中を物色しその日の気分で娼妓を選んでいく。 アオキはまだこの客の相手をした事はないが、彼に指名された娼妓が翌日抜け殻のようになって帰ってくるのを何度もみてきた。 余程相手をしたくないのだろう。 中丸が格子の外から中を覗きんでくると娼妓たちはさりげなく視線をよそへ向けていく。 そんな中一人顔をあげていたアオキは、中丸としっかり目があってしまった。 「今日はあの子にしよう」 いやらしい目つきでアオキを見つめながら、中丸が男衆へと声をかけている。 病み上がりの久しぶりで娼妓泣かせと呼ばれる客にあたるなんて最悪だ。 しかし遅かれ早かれ、いずれはこうなる日が来ていたのだ。 男衆から呼ばれたアオキは小さくため息を吐くと、覚悟を決めて立ち上がった。 あちらこちらで「いい気味だ」「ざまぁみろ」とばかりに娼妓たちがせせら笑う中、「せいぜい頑張って」というツユクサの言葉を背にアオキは張見世を後にしたのだった。 蜂巣(はちす)に案内された中丸は、上着を脱ぐのもそこそこにアオキの着物の中に手を忍ばせてきた。 鎖骨から胸にかけて数回撫でられると、そこからぞくりとしたものがわきあがってくる。 「名前は?」 うなじに舌を這わされながら訊ねられて、アオキは切なげに眉を寄せると熱い息を吐いた。 「……アオキ、と申します」 「アオキ、か。あんたのような色っぽい娼妓()を今までどうして見落としていたんだろうな」 色っぽい? 先ほどツユクサにも同じことを言われたのを思い出す。 自分自身、魅力的になったとか色気が出たとかそんな自覚は全くない。 しかしあの再教育でアオキの何かが変わったというのならそれは間違いないらしい。 事実、以前まで客に対して性的興奮を感じる事はなかったのに、こうして少し触れられただけで何かがむくむくと頭を擡げてくるのがわかるのだ。 「なかなかをしている」 後ろから振り向かせるようにして顎を捉えると中丸が覗きこんでくる。 好きそうな顔。 そんな事を言われたのも始めてで素直に喜んでいいのかわからない。 正直、自分の身体は客には反応しないんじゃないかと思っていた。 紅鳶や翁など手練手管に長けたものからしか快楽を感じることができていたのだと思っていたのだ。 しかしアオキが意識せずとも肉体はすでに快楽を追いはじめている。 触れて欲しい場所は疼き、熱を孕んで訴えてくるのだ。 真の淫乱、正にその通りそうなるように紅鳶に変えられたのだ。 「淫花廓(ここ)の娼妓は皆そうだと思いますよ」 アオキを見ていた中丸の瞳が僅かに細められる。 「そうか?でもあんたはなんだか特別な匂いがするんだが」 「んっ……」 首筋を舐められて背筋を官能が駆け上がっていく。 でももう前のように腐ったり諦めたりはしない。 再生へのきっかけを与えてくれた紅鳶のためにも、アオキはここでしっかりとを努めなくてはならないのだ。 こうなったら、今まで腐っていたぶんきっちりやってやる。 紅鳶に教えてもらったノウハウ全て使って、ちゃんと娼妓として働いてみせる。 アオキは中丸の手に自分の手を重ねると、妖美に笑ってみせた。 「それなら確かめてみてください、旦那様のこの手で」

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