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雨の日に1
前日からどんよりとしていた空からついにポツポツと雨粒が落ち出した。
地面から立ち上る雨独特の匂いを鼻先で感じていたアオキは、ハッとして顔を上げた。
紅鳶が傘を持って行かずに出て行ってしまった事を思い出したからだ。
ここは、ゆうずい邸側の敷地のやや奥まった場所にある。
本邸までは歩いて約10分。
まだ小雨だが、傘もささずに10分も歩いて帰ってきたら紅鳶は濡れてしまうだろう。
居ても立っても居られなくったアオキは玄関から表へと出た。
到底晴れそうにない空を見つめながらアオキははた、と思い立つ。
紅鳶のいる本邸まで傘を届けに行こうか。
しかし、アオキは普段から紅鳶に口を酸っぱくして言われている事を思い出した。
「いいか、ここはゆうずい邸側の敷地だ。元しずい邸のお前がここにいる事をゆうずい邸の男娼 どもが知ったらどうなるかわかるだろ?一人では決して近づくな」
紅鳶に、楼閣には近づいてはいけないと言われているのだ。
しかし、濡れて帰ってくるとわかっていながら知らないふりなんてできるわけがない。
ましてや彼は今大事な時期だ。
雨で身体を冷やし、体調を崩したりしたら大変だ。
傘を届けるだけ。
紅鳶本人に渡せなくても、近くにいる男衆か誰かに渡してすぐ戻って来ればいい。
それに、今は娼妓をしていた時よりも随分地味な格好をしている。
アオキ自身にもうあの頃の華やかさはないし、目立つ事はないはずだ。
下手をすればゆうずい邸の男娼に紛れる事だってできるかもしれない。
約束は破る事にはなってしまうが、きっと大丈夫。
アオキは決意を固めると、紅鳶の傘を持ち楼閣への道を歩き出したのだった。
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