41 / 52
雨の日に2
しかし、アオキはすぐに自分の考えが安易なものだったと気付かされる。
「どうしたの、君迷子?」
あと僅かで本邸へ着くというところで、ゆうずい邸の男娼らしき男に声をかけられてしまったのだ。
「いえ…あの急いでいますので」
どうしてこんな地味な姿をしているのに、ゆうずい邸の男娼ではないとわかってしまったのか。
アオキは傘で顔を隠すようにして俯くと足早に通り過ぎようとした。
しかし、すれ違いざまに腕を掴まれて阻止されてしまう。
しかも運の悪い事に、掴まれた拍子に傘が手から滑り落ちてしまった。
しまった…と思った時には既に遅く、アオキの顔を見た男の瞳が明らかに大きく見開いていく。
「あれ?もしかして…君…しずい邸の子かな?」
平静を装わなければと思っていたのに、しずい邸という言葉に反応して顔が赤くなってしまった。
まずい。
腕を掴んでいた男が、俯いていたアオキの顔を無理矢理上向かせる。
男の眼差しと視線が絡んだ。
「へぇ…」
男は値踏みでもするようにアオキの顔をまじまじと見つめると笑みを浮かべた。
さすがゆうずい邸の男娼。
男もすこぶる整った顔をしていた。
全てのパーツが収まるべきところにしっかりと収まっている。
素朴だがしっかりと個性をアピールしているのは、甘いマスクの上に高身長だからだろう。
甘さと爽やかさを混ぜ合わせたような雰囲気が、灰味のある淡い青色の着流しとよく合っていた。
しかし温和な雰囲気もつかの間、アオキを見つめていた瞳が好奇心に輝き、薄い唇が左右にニタリと上がっていく。
「やっぱりそうだよね?いや〜こんな所でしずい邸の子に会えるなんて今日はラッキーだなぁ」
男は満面の笑みを浮かべると怯えるアオキの顔を覗きこむようにして近づいてきた。
反射的に逃げようとすると、逆に物凄い力で引き寄せられてしまう。
片手に傘を持っているにも関わらず、男の力はとんでもなく強かった。
危険だ。
アオキの頭の中でひっきりなしに警報が鳴り響く。
「俺舛花 っていうんだ。君は?」
「………」
自己紹介なんてされても名前なんか言えるわけがない。
アオキは唇を引き結ぶとプイと顔をそらした。
とにかく何とかこの状況をやり過ごしてここを離れなければ。
しかしどんなに考えても焦燥ばかりが募って、いいアイデアが一つも浮かんでこない。
「あれあれ、無視かな?けどそんな態度は男を煽るだけだって学ばなかった?」
舛花 は柔らかく微笑むとアオキの腕を引っ張りどこかへと歩き出す。
必死になって抵抗しようとするが、男の力は強く、全く歯が立たない。
半ば引き摺られるようにして蜂巣の裏側にある垣根の陰へと連れ込まれてしまった。
蜂巣の外壁に押し付けられるや否や大きな身体で逃げ道を塞がれる。
「いや…っ、やだ、…やめて下さい!」
アオキは必死に抵抗した。
男の欲を孕んだ眼差しに、これから何をされてしまうのか男が何をしようとしているのか想像がつく。
ゆうずい邸の男娼をハイエナに喩えた紅鳶の言葉が今更になって理解できた。
「怯えた顔もか〜わいい。ねぇ知ってる?地味な着物着て隠そうとしてるのかもしれないけど、色気だだ漏れなんだよ君」
舛花 はいやらしく笑うと、アオキの着物の襟元を掴み容赦なく開いた。
布が裂ける音がして、上半身が露わにされてしまう。
「あっ!!」
慌てて隠そうとすると両手を掴まれ、いとも容易く頭上に縫い止められてしまった。
「わ〜凄いね。昨夜はよっぽど執着のある客にでもあたっちゃったのかな?腋の下まで痕つけられちゃって」
舛花は興奮を露わにアオキの肌をなめるように見つめてきた。
そこには昨晩、いや毎晩のように紅鳶につけられている吸い痕が無数に残っている。
「ねぇ、しずい邸の子ってみんな淫乱なんでしょ?セックス大好きな子ばっかりなんでしょ?
身体を屈めた舛花 がアオキの耳元で不気味に囁いてくる。
「俺もね、大好きなんだセックス」
ムスクのような香水の匂いと、男の荒い息遣いにぞわりと鳥肌がたった。
ともだちにシェアしよう!