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雨の日に5
舛花の背後にぼんやりと人影が見える。
見覚えのある声とシルエットにアオキの胸は高鳴った。
恐る恐る振り返った舛花が、蛙を潰したような声で「げ」と呟くと、慌ててヘコヘコと頭を下げ始める。
「紅鳶…さん…お、お疲れ様で〜す」
舛花の背後から現れたのはやはり紅鳶だった。
アオキが落とした傘を片手に持っている。
紅鳶は鋭い眼差しで舛花を一瞥すると、アオキを見下ろした。
雨に濡れたのか、髪や肩が少し濡れている。
アオキがもう少し早く迎えに行っていれば濡れずに済んだかも知れないのに…
結局何の役にも立てず、こんなはしたない姿まで見られてしまった。
紅鳶の視線に居た堪れなくなりアオキは乱れた着物を直すと、そっと顔をそらした。
「あ〜…っとですね、なんかこの子迷子ってゆ〜か、しずい邸から紅鳶さんに会いに来ちゃったみたいなんですよね〜。それをたまたま俺が見つけてですね、どうしたの?って優しく聞いてた所なんです。本当、それだけなんです、あは…あはは」
舛花がしらじらしく嘘を吐く。
しかしどれだけ苦し紛れに言い訳をしてもアオキの乱れた姿はしっかり見られているし、舛花の股間は露出したままだ。
アオキは黙って紅鳶を見上げた。
彼は変わらず凛とした眼差しでアオキを見つめている。
あぁ…好き…
こんな状況でこんな事を思ってしまうのはおかしいけれど、どこであろうとどんな状況であろうとこの人の事が心の底から好きだと思ってしまう。
視線が合うだけでこんな気持ちになるなんて…
恋をすると皆こうなるものなのだろうか。
とろりと瞳を潤ませると、彼の眼差しがほんの少し揺れた気がした。
紅鳶は静かに腰を降ろすと、先程投げて寄越した札束を拾い上げる。
「この子を買うと言ったな?舛花」
「あ…えっと……やっぱ聞こえてました…よね?」
舛花がバツの悪そうな顔でヘラっと笑った。
「いや〜、ぶっちゃけこんな綺麗な子とヤれるんだったら金払ってもいっかな〜とか思っちゃいますよね」
あっけらかんと答える舛花に向かって、紅鳶が再び鋭い眼差しを向けた。
蛇に睨まれた蛙のように舛花の表情が一気に曇る。
「覚えておけ。しずい邸の男娼を買うにはこれくらいは必要だ」
「ま、マジっすか……」
瞠目する舛花の胸を帯封付きの札束でトンと叩いた。
「当然だ。しずい邸の男娼は希少だ。見た目、品性、知性、加えて客を悦ばせる性技、全てが揃ってなければできない。まさか、万札数枚で足りるとでも思っていたのか?」
押し黙り、すっかり萎縮した舛花の鼻先に札束を突きつける。
紅鳶はアオキの前に跪くと、その札束をアオキの懐へと捻じ込んできた。
「言っておくが舛花、この男娼はこれでも足りないくらいだ」
「は…へ?…え?」
舛花が間の抜けた顔で紅鳶を見、そしてアオキへと視線を滑らせた。
「お前はそこで大人しく見てろ」
紅鳶は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている舛花に命じると、アオキを立ち上がらせた。
掴まれた腕の力がいつもより強い。
やはり怒っているのだろうか。
「…紅鳶様」
不安になって見上げると、前を向くよう促される。
着物の裾を割って入ってきた手がアオキの滑らかな太腿をゆっくりと撫で上げてきた。
紅鳶の匂いと感触を覚えさせられた身体は、そんな些細な接触でもすぐに反応してしまう。
ピクンと腰が揺れ、アオキは息を吐いた。
熱い…
昨夜の情事を思い起こして、身体が一気に沸騰していく。
ひと撫でされる度に、解けた唇から熱っぽい息が漏れ始める。
うっとりとしていると、背後からそっと囁かれた。
「お前は今俺に買われた。天国を見せてくれるんだろう?アオキ」
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