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バレンタイン2
久しぶりに出た淫花廓の外は、アオキの想像を遥かに上回っていた。
街中は大小様々なビルが立ち並び、何の店なのかわからない看板はどれもカラフルでアオキの目を引きつけてはチカチカとさせる。
何より一番驚かされたのは人の多さだった。
行く場所行く場所、何か祭りでもあるかのようにどこもかしこも人、人、人、人だらけ。
しかも皆、歩くスピードが速い。
こんなひしめき合った状態の中でも皆、他人にぶつかる事なく上手に歩けている。
アオキは何度も人にぶつかり怪訝な顔をされたし、時々道端にある自転車や看板にも何度もぶつかりそうになった。
何とか梓に教えてもらった場所に辿り着いたもののアオキは既に疲労困憊だった。
人や車や物の多さ、歩くスピード、あちこちから耳に入ってくる様々な雑音。
あらゆるところから情報がとめどなく流れ込んできて、頭はパンク寸前だった。
しかも慣れない靴で歩き回ったせいか靴擦れまでしているらしい。
アオキはズキズキと痛む足を引きずりながら、何とか休める場所がないか探しまわった。
だが初めての場所で、どこに向かえば休める場所があるのか全くわからない。
誰かに訊ねようとしても、皆声をかける隙もなく目の前を横切っていく。
これが淫花廓なら、すぐに素足になって四肢を投げ出しているのに。
まだ出かけて数時間も経っていないのに淫花廓が懐かしく恋しくてたまらなくなってくる。
そしてその恋しさは次第に疎外感へと変わった。
ここにはアオキの事を知っている人は誰一人としていないのだ。
しずい邸にいた頃は蝶よ花よともてはやされ、何処へ行くにも男衆が傍らにいた。
あの頃はそれが窮屈に感じ、自分は哀れな籠の中の鳥のようだと思ったりもした。
けれど今はあの場所がどれだけ安全で静かな場所で、のびのびと過ごせていたかが身に沁みてよくわかる。
そして、もうあの場所が、あの塀に囲まれたあの場所こそが自分の居場所なんだと気づいた。
帰りたい、淫花廓に。
アオキの事を知っている人たちがいるあの場所に。
「もうだめだ」
アオキはとうとう店の外の入り口付近にあったオブジェのようなものの傍に座り込んだ。
多少人の目は気になったが、もうそんな事を気にしていられる余裕はなかった。
まだ目的地に着いただけで、ここからプレゼントを選ばなくてはならない。
時間は刻一刻と過ぎていく。
早くしなければ。
しかし、気持ちが焦る一方で一度腰を下ろしてしまったら立ち上がる気力が湧かなくなってしまった。
足が痛い、帰りたい。
頑張らないといけないのに、体が全く言うことをきいてくれない。
募りつのった不安と焦りと、何もできない自分の無力さに涙が滲んでくる。
やはり自分には外で買い物なんて無理だったのかもしれない…
すっかり心が挫けてしまったアオキが項垂れていると、突然誰かに声をかけられた。
「アオキ?お前…まさかアオキか?」
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