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バレンタイン3

こんな場所で、その名を知っている人物なんて淫花廓関係者以外考えられない。 まさか紅鳶なんじゃ… 目の前に立つ正体を確かめるべくアオキは恐る恐る見上げた。 しかし、そこにいたのは思いもよらない人物だった。 浅黒い肌に、精悍な顔立ち。 がっしりとした骨太の体躯に仕立ての良いスーツを着こなしている。 「中丸さま…?」 その人物はかつてアオキがしずい邸にいた頃、上客だった男だった。 中丸はいわゆる娼妓泣かせというやつで、客慣れした娼妓の気を失わせるほど性欲の強い男で有名だった。 加えて征服欲も強く、彼が来店すると格子の中の娼妓たちはこぞって俯き誰も彼と目を合わせようとはしなかった。 しかし、楼主の命により紅鳶から研修を受けたアオキがしずい邸に戻ってきた時、アオキを真っ先に指名したのはこの中丸だった。 横柄な態度に粗雑な口振り。 初めはアオキも畏縮してしまったが、彼はこちらがきちんとした態度をとっていれば情事中、乱暴をしたり暴言を吐いたりは決してしない男だった。 確かに性欲は強く、中丸の相手をした次の日は全身鉛のようにはなったが… だか、それまで一人の娼妓に落ち着く事がなかった中丸はアオキの元へ足繁く通い、贔屓にしてくれた。 そして、最後には身請けまで申し出てくれたのだ。 しかし、アオキは彼の身請けを受けなかった。 紅鳶という心に決めた相手がいたからだ。 「やっぱりアオキじゃないか。こんな所で何をしてる?あそこを出たのか?いつだ?」 中丸はまだ信じられないという表現で、アオキの頭の先から爪先までをしげしげと見つめてきた。 「あ、あの…実はまだ淫花廓で暮らしてるんです。でももう、俺はしずい邸の男娼ではありません」 中丸の質問に短い言葉で答えた。 紅鳶との事を何と説明していいかわからなかったからだ。 彼は一度アオキを欲しいと言ってくれた男。 アオキの目の前で楼主に『金ならいくらでも積む』と啖呵まで切ったのだ。 アオキはそんな中丸の気持ちを知りながら身請けの話を蹴った。 しかも、彼にそれを直接伝える事もできずアオキはそのまましずい邸を出てしまったのだ。 「そうか…」 アオキの複雑な表情に感づいたのか、中丸はそれ以上追求しようとしなかった。

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