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第9話
私はやれやれと思いつつユーノちゃんの目の前に手を差しのべる。
高級娼館と言っても、今来ているお店は私達の倶楽部とは明らかに趣向が違う。
どちらも見目の麗しい子達が一晩の夢を見せてくれるが、ここのキャストに教養などは必要ない。
ただ、金を持った者達が娼夫と肉欲を満たしにくるのを満たしてやる存在であればいい。
しかし、ここがただの娼館と違うのは顧客に政界などの財界人も多く出入りしている事だろうか。
ただし、うちの倶楽部に来るような大物ではなく所詮小物達なのだが。
うちの倶楽部に出入りできるということは、その地位が約束され自分次第で高みに登れるのだ。
うちの倶楽部は財力ではない物も審査の対象になるのよ。
「ダイヤー?」
しかし、誰が仕込んだのかユーノちゃんは自分の見せ方という物をしっかりと自分のものにしている。
その証拠に、この私を自分を起こしてくれる顔見知りの杖位にしか思っていないだろう。
「はいはい。“お姫様”?」
「むー。俺はお姫様じゃないぞ!」
私が言った“お姫様”が気に入らなかったのか、私の手を取って立ち上がったものの子供っぽく頬を膨らませた。
私はそれがおかしくてクスクスと笑うが、ユーノちゃんは逆に胸を張るように仰け反る。
「俺は、かっこよくてドスケベなんだってお客さんによく言われてるんだからな!」
「あら?そうなの?」
「お客さんは皆、俺の事をテクニシャンで凄いって言ってくれるんだぞ」
「それは凄いのね」
「俺は凄いんだ!」
私はうんうんと相槌を打って手を握ったまま脈拍を測る。
特に脈に異常は無かったので、すっと手を離す。
胸の音を聞くためにどこか座ってもらおうと、背中に手を回した。
それを別の意味と勘違いしたユーノちゃんはペロリと舌舐めずりをする。
「胸の音を聞くだけよ?」
「ちぇー」
私が釘を刺すと、ユーノちゃんはつまらなさそうに頭に手をやって歩き始める。
こういう仕草はうちの子達と違ってとっても男の子らしい。
こういう自然な感じがお客様うけしているのかもしれないわね。
うちの倶楽部にもガタイのいい男が自分に屈服するのが見たいって趣味の方もいらっしゃるからそれと同じかしら。
うちはその点、どのチームもある程度奴隷としての教育をしてお客様に満足頂けるようにしているのだけどね。
「血液検査の為の採血もするのよ?」
「えー?またぁ?」
「仕事柄こればっかりは仕方ないわ」
「俺は気にしないのにー」
「お客様の為でもあるけど、ユーノちゃんの為でもあるのよ!我慢なさい!」
ユーノちゃんを先頭に、話ながら歩いていくとお店の控え室に案内される。
まだ他のスタッフは居なかったが、高級娼館と言ってもバックヤードはどうしても不用品が山になっていて雑然としている事が多い。
お徳用のローションの入った段ボールや、これまたお徳用のコンドームの入った簡素な箱の山。
スタッフの私物が溢れた床。
流石に椅子はパイプ椅子ではないものの、テーブルセットの椅子はバラバラだし机も傷や煙草の焦げだらけで粗大ゴミから拾ってきたと言われても不思議ではなかった。
「相変わらず汚いわねぇ」
「んー?どこもこんなもんでしょ?」
「うちのバーでもここまで酷くないわよ」
煙草臭い部屋にため息をつきつつ採血の器具を準備しはじめる。
机の上は汚かったので、患部を消毒するためのコットンで机の上を消毒するために擦った。
コットンはたちまち真っ黒に染まったが、私は気にせず何度か同じ事をする。
近くにゴミが山盛りになったゴミ箱を見付けたのでそこにコットンを捨てた。
備品棚にあったポリ袋を1枚取り出して医療用のサージカルテープで机に2ヵ所留める。
「さぁ。袖を捲って腕を出して」
「はーい」
ユーノちゃんに腕を出すように指示すると、渋々といった様子で袖を捲った。
私は腕の高さを出すためのクッションと血圧計をバッグから取り出して腕に巻き付ける。
血圧を計りつつタブレット端末に専用のペンで数値を記入していく。
スペードちゃんのチームのお陰でカルテのデータベース化も簡単になったのよ。
私は機械の事はちょっと苦手なんだけど、これのお陰でカルテを持ち歩かなくても良くなって有り難いわ。
「血圧は正常ね。次は採血するわよ」
「はぁい」
ユーノちゃんは少しつまらなさそうに返事をした。
なんやかんや言ってもきちんと椅子に座っているので、機嫌を損ねる前にご褒美をあげなきゃね。
私はそう思いながら、手早くゴム手袋をして採血の準備をした。
ユーノちゃんの腕にゴムチューブを巻き付けて血管を探す。
バランス良く筋肉のついた腕に針を刺すと、すぐにピストンを引いて血液を吸い出していく。
「はぁい。お疲れ様~」
「むぅ。痛かった」
針を抜くと同時に、アルコールを染み込ませた新しいコットンで拭き取って小さくしたガーゼを幹部にテープで貼り付ける。
ユーノちゃんはまたしても頬を膨らませながら袖を戻す。
私はそれをふふふと笑って見ながら器具に採取した血液を入れる。
凝固防止の薬剤が入っているのでそれを振って血液と混ぜると、専用のラベルを貼って鞄に戻す。
どうしても高級娼夫という職業柄感染症の危険性は常に付きまとっている。
その為、定期的に検査が必要になってくるのは仕方がないだろう。
使った器具を横に取り付けたポリ袋に放り込むと、鞄からお菓子の箱を取り出す。
「はい。よく頑張ったわね…チョコレート好きでしょ?」
「別に好きじゃない…けど、これは貰ってあげる」
「あらそう?」
前に好きだと言っていたチョコレート菓子の箱をわたしたのに、完全に拗ねちゃったみたいで1度は突っぱねようとしたみたいだけどパッケージの画像をみて明らかににっこり笑った。
チョコレート菓子のパッケージには某ライダーの画像が印刷されていて、しかもパッケージは中身が見える仕様になっていてチョコレート1つ1つの包み紙が各ライダーになっている子供受けのいい優れものだ。
ユーノちゃんはそのチョコレート菓子を眺めくふくふと笑いはじめる。
「あ、これはいつものお薬よ?ちゃんと飲むのよ?」
「俺はすごいからちゃんと飲めるぞ」
「それはえらいわね」
他に渡すものがある事を思い出した私は薬の入った紙袋を机の上に置いた。
ユーノちゃんはチョコレート菓子の効果かふふんとまた自信満々に笑う。
ただ、手に持っているチョコレートのせいでかっこよさは半減している。
紙袋の中には安定剤の他に免疫力を高める薬も入っているのだが、きちんと飲んでいると自己申告したので大丈夫だろうと信じたい。
「今日は俺の仕事見ていかないのか?」
「他のスタッフの検査だけしたら帰るわよ?献体も持ってるし」
「ふーん。今日は俺すげーやる気なのに」
「私を誘っても無駄よ」
ユーノちゃんが机に顎を乗せてこてんと首を傾げた。
とってもあざといその仕草に、お客様はメロメロなんだろうなと思いはしたが私には全く響いてこない。
ペロリとまた舌舐めずりをしてみせるが、私は相手にもしない。
ユーノちゃんの仕事は一度視察の気持ちも含めて見学させてもらった事があった。
勿論、倶楽部の関係者と言うことは名前を伏せて変装までして来たのよ。
システム的にはキャバクラとか、ナイトクラブとかと同じね。
特別サービスを、奥のVIPルームで受けれるのだけれど大部屋と小部屋があって大部屋は普通の接客のスペースを少し暗くムーディーにした感じだった。
そこでスタッフと色々できるんだけど、ユーノちゃんは売れっ子という事だけあってユーノちゃんを相手にしているというだけで他の客からの視線が違うみたいだった。
私はその時は、指名が無いけどシステムだけ見せて欲しいとボーイにチップを渡して案内してもらったのだ。
「ダイヤだけだぞ?俺の誘いを断るの」
「あら、残念だけどうちのお店の子は皆ユーノちゃんの誘惑程度の事ならもっと自然にやるわよ?」
ユーノちゃんはチョコレートの包みを丁寧に剥がしながら不思議そうに私に言ってくるので、私は少し意地悪っぽく言い返した。
VIPルームの大部屋は個人スペースが少し背の高いソファー同士で区切られていて、証明は暗いが見ようと思えば隣がどういった事をしているのか一目瞭然だったし声も勿論聞こえる。
うちの倶楽部は完全個室だし、バーに至ってはキャストの全員が調教を受けたプロフェッショナルではあるけど、そもそもそんなサービスをするお店ではない。
だから、あの大部屋を見た時はなるほどうちの倶楽部に出入りできない訳だと思ったものだ。
「ほら他のスタッフも来る時間でしょ?準備してらっしゃい」
「俺はここのナンバーワンだから、何にもしなくていいんだよ?知ってた?」
「知ってるわよ」
ユーノちゃんはチョコレートを一粒口に放り込んで、包み紙を箱に丁寧に戻すとそれと薬の紙袋をロッカーの中へ入れてひらひらと手を振ってバックヤードを出ていった。
自信満々のユーノちゃんを彼らしいと思いながら私は注射器の準備をはじめる。
ユーノちゃんの関係でこのナイトクラブへ出入りしているので、一応他のキャストの健康診断もしていた。
どうしても粘膜接触で性病や感染症にかかる子は少なくない。
本来はキャストが定期的に病院に行くものなのだが、知り合いに頼まれて仕方なく今も続けている。
まぁ、請求書はたっぷり上乗せしているしこの収入は私へ直接入るのでよしとしていた。
続々とキャストが集まってくる音に、私は本日何度目か分からないため息をついた。
「げ、せんせい」
「うわマジか!!」
スタッフルームに入ってきた子達は椅子に座っている私を見て、皆嫌そうな顔をする。
本当に失礼しちゃうわ。
ここではユーノちゃん以外、誰も私を“ダイヤ”とは呼ばず“先生”と呼ぶので現役の頃を思い出す。
私は笑顔を貼り付けた顔で皆の腕に物理的にお注射してあげたわ。
失礼な子にはとびきり痛くしてあげるっていうサービスつきでね。
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