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第5話
智泰は再び煙草を吸い始めた。煙の奥に見える、爽やかな笑み。
「一週間後の、大学の卒業と同時にな。結婚するんだわ。親が決めた婚約者と、さ。だから最後にこうしてパーティーを開いたわけだ」
「嘘、だ……」
「嘘だったらなぁ。ははっ、生まれたときから俺の将来は決まっているようなもんだ。本当に欲しいものは手に入りそうもなく、親の決めた女と結婚し、親の会社を継ぐ。敷かれたレールの上を走るだけの人生で、大学くらいは遊ばせてもらいたいと思っても仕方がない。そうだろう?」
ああ、耳障りだ。じじじっと鳴る虫の羽音。
「おまえ、俺に言ったよな。地味な人生を送ってきたと。君が羨ましいと。はは。はははは! どうだ。人生が一変した、今の気分は」
目の前が暗い。
ここは、こんなに光が差さない場所だっただろうか。
立ちあがる智泰を、呆然と眺める。彼のことは、自分にできた唯一の友人だと思っていた。一緒にいると楽しくてたまらなかった大学生活は、二年で終わった。智泰に騙されて、複数人から犯され、そのときに撮影された映像を盾にされ、気づけば薬漬けにされて……。
智泰は鼻を鳴らし、片方の口角だけを吊りあげる奇妙な笑みを浮かべた。彼はまぶたを細め、僕から宙へと視線を移してゆく。
智泰に向けられる、周囲からの評判はとてもよかった。そんな人が、ここまで残虐な行為を強いることができるなんて、誰も想像がつかないだろう。しかし、それを見抜けなかった自分がマヌケだったのだと、今、強く思う。
「地味な人生? ふん、馬鹿にしやがって。好きに生きてゆける癖になぁ。俺はずっと自分を偽り続けなければいけないんだ。同情するだろう? なぁ?」
智泰は煙草を足で踏み潰した。
歯を食いしばり、僕は黙った。マグマのような怒りが腹の底でぐるぐると暴れている。
智泰が顔を顰めた。
「同情、しろよ!!」
彼の怒鳴り声が小屋の中に響いた。
「自分で選んだ。敷かれたレールでも、そこを走ることを、選んだのは君だ」
喋るたびに舌は痛み、跳ねる。
冷めた視線が届いた。
「おまえと俺は平行線上にいる。決して交わらない。俺はこれから穏やかに、心を殺して生きる。さて、おまえはどう生きるだろうな。地味な人生は、もう送れやしない。大学で、おまえの噂が流れているぞ」
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