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秘密
side司
頭を誰かに撫でられる感覚に、俺はうっすらと目を開ける。
目の前には褐色の立派な胸板が見えたので何事かと一気に意識がハッキリした。
「ん?んんっ?」
「どうしたんだい子猫ちゃん」
バカラの腕が首の下にあるのを感じるので、世に言う腕枕をされている状態なのだろう。
俺は状況が全く把握できなくて固まっていると、腕枕をされている方の腕が軽く曲がり髪を手櫛で整えられる。
「子猫ちゃんが随分お寝坊さんだったから、私は1つ仕事を終わらせてきたよ」
「は…え?仕事?」
頭を撫でている手とは反対の手で顔の色々な所を愛しそうに撫でられる。
はじめに額、眉、目尻、耳までたどりついた。
「ふふふ。耳の形はやっぱり変わっていないね」
「ふぁ、耳やぁ…」
耳の形を確める様に撫でられ、ふぅと息を吹き掛けられるとぞくぞくと背中が震えた。
耳たぶを親指と人差し指で挟まれぷにぷにと押されるのは気持ちが良いが、同時に変な感覚にもなる。
「今日は何もしないさ。子猫ちゃんも動けないだろうからね」
顔が近づいてきたので、思わず目をぎゅっと閉じると鼻先にちゅっと軽くバードキスされた感覚がする。
バカラの身体が離れていく気配に俺はパチッと目を開けた。
離れていくのを名残惜しく感じてしまう自分が居る事に驚いた。
俺は改めて目だけで周りを見渡すと、あの薄暗い部屋ではなかった。
天外付きのベッドに、ベッドの横にはアンティーク風のローテーブルが置いてある。
今度は首を少し動かしてみると、少し離れた大きな窓からは日の光が差し込んできていて最初に居た部屋とは真逆の内装に戸惑ってしまう。
「ふふふ。驚いているようだね…ここもプレイルームのひとつだよ。まぁ、私の趣味も入っているけどね」
バカラは少し体を起こして嬉しそうに窓の外を眺める。
窓からは綺麗に手入れされているであろうイングリッシュガーデンが見えた。
「そうだ…他にも日本庭園があってね。あれも素敵だから今度見せてあげよう」
「何で…何で俺なんですか!」
先程もうっすらとは思ったが、バカラは俺を以前から知っている様子だ。
何故俺はここに連れてこられたのか、何故バカラは俺の事を知っていたのか不思議で仕方なかった。
「君は、私の救世主だったんだよ」
「救世主?」
「少し昔の話をしようか…」
バカラが本格的に起き上がると、俺の頭の下から腕を抜いてベッドから降りる。
ソファーに置いてあったバスローブを軽く羽織って腰ひもを結びながら部屋を出ていく。
俺が呆気にとられているところにバカラはすぐに戻ってきた。
その手には軽食の乗った銀盆を持っていてて、その銀盆をローテーブルに置きカチャカチャと紅茶の準備をしていく。
ポットに何か帽子のようなモノを被せると、一緒に持ってきた砂時計を逆さまにして俺に近付いてくる。
「砂糖はいるかな?ミルク?レモン?」
「いえ…そのままで」
バカラは寝ている俺を抱き起こし、背中にたっぷりの枕やらクッションを置き俺が楽なように座らせてくれる。
流れる様に座らされてポカンとしている俺に好みを聞いたあと帽子の様な物を被せていたティーポットからそれを取り去り、華麗な手捌きで紅茶を注いだ。
にっこりと微笑むバカラから紅茶を受けとり、そのバカラはティーカップを持ってベッドの横にあったバスローブが置かれていた猫足のソフアーに優雅に座った。
「さぁどこから話せばいいかな…」
紅茶を一口飲み、脚を組む姿はとてもさまになりっていてひとつの絵画の様だった。
「まずは、一人の男の昔話をしよう」
バカラは、そう切り出すとカップをソーサーの上におろした。
陶器のぶつかる微かなカチャという音が静かな部屋にやけに大きく聞こえる。
「昔々男は、男の弟と一緒に父親から受け継いだ会社を切り盛りしていたんだ」
「・・・・」
俺はバカラの話を固唾を飲んで聞いていた。
すぅっと息を吸い込む音が重い。
「でも、男とその弟はある日大きな裏切りにあってしまう」
「裏切り……」
「そう…新しく融資を受けようと担当に話を聞く日に来た銀行員が偽者だったんだ。そいつは、兄弟には融資できないと嘘をついた。でも、本当は会社の名前を勝手に使って代わりに融資を受けていたのさ」
バカラはふぅと小さなため息をつき、ブルーの瞳が伏せられる。
カップの縁を親指でひと撫でして、肘掛に肘をついた。
「その不正に借り入れた金を持って、男は逃げた。兄弟に残ったのは身に覚えのない多額の借金だけ。会社の経営は逼迫してねその時に出会ったのが君だよ」
カップから視線をあげて俺を真っ直ぐ見る。
そんな風に瞳を向けられるとなんとなく居心地が悪い。
「兄弟の会社の収入は少し特殊でね。顧客からの入金は次は一年後だったんだ。まだ有名ではなかった会社に他に収入源はなくて、出費はかさむ一方。とある公園で今後について考えてたんだ」
「その時に会ったのが…」
「まだ子供だった君だよ」
本当にいとおしそうに俺を見つめるバカラの顔を改めて見る。
しかし、俺の記憶にこんな目の綺麗な印象的な男は居ない。
「きっと君は覚えていないよ。まだヨチヨチ歩きだったからね」
バカラはその時の事を思い出したのか、ふふふと顎に手をやりながら笑う。
「その時話してくれた不思議の国のアリスがきっかけでこのクラブを作ろうと思ったんだ」
「俺?」
「君が話してくれるアリスは前衛的でね…凄く楽しかったよ」
小さい頃の俺は見ず知らずの人に何を話したのだろうか。
人見知りしない子供だったと父さんは言ってたけど、それがきっかけで今拉致られたことを考えると小さい頃の俺の無用心さに頭を抱えたくなった。
しかし、よく考えてみればなんで小さい頃見ただけの俺が分かったんだろう。
「たまに君の様子を見に行ってたんだよ」
「あ…えっ…?」
「子猫ちゃんは顔に考えていることが出やすいね」
何で俺の考えていることが分かるのかと驚いてると、顔に出ていたらしい。
そんなに俺は顔に出やすいだろうか。
俺は空いている方の手でぺたぺたと顔を触る。
「さぁ、昔話はこれくらいで終わりだ。食事を用意するよ」
そう言ってバカラはカップを持ったままソファーから立ち上がってまた別の部屋に消えていく。
ふと、自分の身体を見ると手首にはうっすらと縛られていたであろう痕。
胸には小さな鬱血跡が無数に残っていた。
「はぁ…」
身体を見下ろした俺の口からは大きなため息が漏れる。
見た目には身体は清められている様だが、まずは身体を洗いたかった。
俺はベッドから降りようとゆっくりと身体を動かし足をベットの下におろす。
ドサッ
立ち上がろうと足に力をこめたところで派手な音をたてベッドから落ちてしまった。
「な、なんで?」
立ち上がろうと脚に力を込めるが、脚がいうことをきかなかった。
躍起になり脚を動かそうとするが、足の付け根がブルブルと痙攣している感覚はするが立ち上がる事ができない。
「くそっ…」
何とかベッドの支柱を頼りに立ち上がったのはいいが、膝が笑っているように震えて立っているのがやっとだった。
バカラがいつ戻って来るのかも分からないなか今の状況はとても間抜けだし、何より俺は何も身にまとっていなかった。
「どうしよう…シーツでも!」
焦って独り言がついつい出てしまう。
ガチャッ
シーツを引き寄せようと腕を伸ばしたところで扉が開いてしまった。
「おやおや…私の子猫ちゃんはバンビちゃんになったのかな?動けないと言っただろう?ん?」
バカラは焦っている俺を気にした様子もなく、支柱に掴まり立ちしている俺に近付いてくる。
手には食事の乗った盆を持っていたが、すぐにそれを近くのテーブルに置く。
「私の?俺が?」
「ん?」
バカラはとぼけたように首をかしげる。
くそ…そんな仕草もカッコいいし可愛いかった。
しかし、すぐに自分の思った事に驚く。
でも俺は目の前の男に抱かれてしまったのだと意識すると、急に頬が熱くなってきた。
「本当にかわいい」
「んぷっ」
俺がぐるぐると考えているといつの間にか腰を抱きよせられ、深くキスをされていた。
ちゅっ、ちゅぴっ
ねっとりと舌を絡められ口の端からは舌を絡める微かな水音があがる。
「み、耳…さわらなっ」
キスで腰砕けになっている俺の耳を悪戯に弄るバカラを遠ざけようと腕に力をこめるが全くびくともしない。
むしろ床に座りこまない様にバカラの服を掴んでいることが精一杯だった。
「そうだ…裏切った男の末路を話していなかったね」
呆けている俺に、バカラは不敵な笑みを浮かべる。
優しく頬を撫でられるのが逆に怖い。
「その男はどうなったんですか?」
俺は恐る恐るバカラに聞き返してみるとバカラはにっこりと誰もが蕩けそうになる笑顔を浮かべた。
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