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秘密2
バカラが息を吸い込む音がやけに大きく聞こえた。
うっすらと口角が上がっていくのがスローモーションの様に感じる。
「この倶楽部には色々と人脈があってね…男はすぐに見つかったよ」
「それはよかっ…」
俺はバカラのその一言にほっと息をついたが、次の言葉で背筋が凍り付く。
「その男がこの倶楽部で最初に奴隷になった子だよ」
「え…」
「まだ私も加減が分からなくてね。彼には色々してしまったなぁ」
「色々って…」
昔を懐かしむ様子のバカラは微笑むだけでそれ以上は答えなかった。
色々とはどの様な事だろうか。
加減が分からなかったと言うことは、俺が受けた仕打ちよりかなりハードであったことが容易に想像できる。
「子猫ちゃんも気を付けるように。ここは裏切りや不義理にはとても厳しいよ」
「それって?」
「逃げたら、また調教部屋に逆戻り。更に酷い教育を受けて貰うことになるかな?」
「…っ!」
バカラの顔は笑っているのに、ブルーの瞳の奥は一切笑っていなかった。
あれより酷い事とは一体どんな事をされてしまうのだろうか。
考えただけであの部屋で感じた恐怖など様々な感情が込み上げてくる。
「子猫ちゃんはいい子だからそんな事はしないだろう?ん?」
震える俺の頬を優しく撫でられながら問いかけられる。
俺は恐怖で頷く事しかできない。
「それで子猫ちゃんは何処に行こうとしていたのかな?」
「シャワーをあびたくて…」
バカラに腰を引き寄せられ、問われると俺は素直に答えた。
もしかすると、逃げようとしたと思われたのかもしれない。
その気持ちも正直なかった訳ではない。
しかし、俺がここで逃げ出せば父さんに危害が及ぶかもしれない。
それが分かっていて逃げる事などできるわけがなかった。
「ではお望み通り、子猫ちゃんのバスタイムといこうか」
またしても、俺はバカラにひょいっと持ち上げられバスルームに連れていかれる。
手つきは少しセクハラっぽかったものの、言葉通りいやらしいこともされずバスタイムは終わった。
「キレイになったね」
相変わらずの厚待遇ぶりに今だ慣れない。
髪や身体を丁寧に洗われ、軽くマッサージまでされてしまった。
何よりバカラは事あるごとに、俺にキスをしてくる。
足のマッサージの時は足の甲に、手の甲に指先、肩や首など触れるところ至るところにキスの雨が降り、俺は恥ずかしさで終始赤面しっぱなしだった。
そのたびかわいいと言われ、もう恥ずかしくてバスルームから走り出したい衝動に駆られたが脚は未だに言うことを聞かず、なすがままになっているしかなかった。
「あの…それそろ何か着せてもらえると…嬉しいです」
「ん?」
バスルームからタオルに包まれ帰ってくると丁寧に体の隅々まで拭かれ、ボディークリームを背中に塗られている最中だ。
元々ボディークリームを塗るような習慣もないし、本当に至れり尽くせりな状況にいたたまれなくなってきていた。
「君の肌はすべすべしていて触り心地がいいね」
「うぅぅ」
バカラは全く聞く耳を持たない。
腕や腹にもご丁寧にクリームを塗られてしまえば、俺は諦めモードだ。
「さぁ、終わったよ。服を着るといい」
やっとボディークリームを塗るのが終わったのか着替えが渡される。
これでやっと服が着れると安心したのもつかの間。
「あの…これは…」
バカラの満足そうな顔が憎たらしい。
俺は女の子が好んで着ていそうなもこもことした生地のパジャマを着させられていた。
ピンク、白、薄紫のボーダー柄のパーカー。
下は同じ柄のホットパンツという格好だ。
「逆に恥ずかしいんですけど…」
バカラは見た目は紳士だが、行動はやはり会社を経営しているというだけあって多少強引でわざと人の話を聞かないところがある。
パーカーはまだよしとしよう…問題はこのホットパンツだ。
下着は辛うじて着けさせてもらったが、丈が短いせいで際どい所まで見えそうで気が気ではない。
「よく似合っているよ子猫ちゃん」
このあと相変わらずバカラの膝の上で食事をさせられ、終始顔を赤らめていることしかできなかった。
+
「え…本当ですか?!」
ここに連れて来られて何日経ったのか分からないが、バカラから意外な言葉が出てきた。
「大学に出ないのも良くない。もうすぐ卒業だろう…行ってくるといい」
地下室の様なあの暗い部屋から、庭の見えるこの部屋に移されて5日程たっただろうか…。
時計やカレンダーなどは部屋に存在しないが陽がのぼったり、沈んだりするのを感じることができたのは大きかった。
当然テレビなども無かったが、一応俺が退屈しないように本や暇潰しになるものは用意されていた。
ただし日付の分かる様な新聞やニュース番組等は一切見たり読んだりすることは無かったところをみると、やはり情報は制限されていたのだろう。
拘束もなく、部屋の中なら自由に動きまわる事ができた。
バカラもたまに部屋に訪れる程度だったので、監禁されているということを忘れそうだ。
部屋着は相変わらずパステルカラーのパーカーにホットパンツという格好だったが、それにも大分馴れたというより、これしか着替えが用意されていないのだ。
下着が普通だと言うことが救いだろうか。
「しかし、このスベスベの肌は同級生には触らせてはいけないよ?」
「こ、こんな風に触ってくるのはあ、あなただけです…」
剥き出しの脚をスルスルと撫でられる。
実はこの部屋に移されてからあの地下室でされたような事は一切されていない。
悪戯に身体中をまさぐられ、スイッチが入りそうになるとその手を止められる。
俺はずっとお預けをくらっている犬の気分だった。
「着替えを用意させるからそれに着替えるといい」
「はい…」
俺は頭を撫でられどこか浮わついた気分で返事をしていた。
「帰りは迎えを出すから、これを返しておくよ」
大学に行くために着替えを用意され、自分のスマートフォンを返された。
用意された服は俺が普段着ているような大量に流通している量産品ではなく、もっと上等な物だということが肌触りで分かる。
「通報するとか変な気は起こさない事だね。一応監視役も居るから、その事を忘れない様にね?」
バカラの言葉に俺は静かに頷く。
ここ数日の体験でバカラの言葉がただの脅しなどでは無いことは十分承知していた。
電源を入れたスマートフォンに表示された日付を見ると、俺が拉致された夜から10日程しか経っていなかった。
バカラから外出の許可が出た時、俺は真っ先に家に帰ろうと心に決めていた。
単位数を考えながら授業を取ったおかげで、四年の今では必須単位はゼミだけになっている。
曜日を確認すると、今日は運の良いことに午後の授業だけだ。
「はぁ…」
俺は目隠しをされて家の近くの駅まで送られた。
駅から足早に長年慣れ親しんだアパートの前に着く。
大きく息を吸い込んで、その空気を吐き出すとドアノブを握った。
意を決して10日ぶりの家の中に入ると、家はあの夜から何も変わっていなかった。
違うところと言えば、俺の作った料理は跡形もなく片付けられており、割られたはずの窓はその気配すらない。
まったく生活感が無いことからやはり父さんが帰ってきた様子はなく、父さんの携帯に電話をかけてみるが数コールで留守番電話のアナウンスが流れる。
「父さん…」
俺はぎゅっとスマートフォンを握り、画面を見つめる。
メールもメッセージもスマホを返して貰ってから何度も送っているが連絡が返って来る気配はない。
「ダメだ…」
本当は大学に行く気分ではないが、せっかく一時だけでも外に出して貰えたのだからバカラの言うように大学に行こうとスマホをポケットに入れる。
俺が通っている大学は家から電車で8駅ほど行った所にある。
本当は高校を出てすぐに働こうと思ったのだが、父さんに強く薦められて大学に進ませてもらった。
授業料だけでも安く抑えようと猛勉強をして国公立の大学に入ったのだ。
だからあまり休むのも良くないと思って、俺は暗い気持ちのまま大学に行く仕度をはじめる。
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