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真相

side 司 和也が部屋を出ていくのを見送り、少し落ち着いてから服を整えてリビングに行くと、夕飯の準備がされているところだった。 リビングにあらわれた俺に、和哉は気がついて一旦手を止めてくれる。 エプロンで手を拭きながらお盆に何かを乗せてやって来る。 「いきなりでびっくりしただろ?」 テーブルの前で立ち尽くしていると、目の前にサラダを出され次にカレーが乗った皿が出される。 何も言わない俺に和哉は苦笑いを浮かべる。 「確かにいきなり拉致られて、奴隷だとか調教だとか言われても驚くだけだよな」 ふぅ、と和哉は溜め息をつく。 溜め息をつきたいのは俺の方だと思いつつ、和哉の方を見る。 「まぁ、俺の話からしようか」 和哉は安心させる様にいつもの笑顔でダイニングテーブルの椅子に座る様に顎をしゃくる。 俺がそれに従って椅子に座ったところで大きく溜め息をついて自分の話をぽつりぽつりと話はじめた。 「俺は5年前に調教を受けたっていったろ?」 「う、うん…」 俺はコクンと頷いた。 「実は俺、高2の時に実家から家出してこっち来たんだよね」 「え?」 予想外の告白に俺は驚きを隠せず、まじまじと和哉を見る。 今の和哉は、どちらかと言うと優しそうな印象で、そんな家出をしてまで都会に来るようには到底思えなかったからだ。 「俺の地元は凄い田舎でさ。山と畑しか無いような処で、コンビニは車で行かなきゃ無いし、遊びなんて高校生になっても虫取で、のどかと言えば聞こえはいいけど、俺はそれが凄く嫌だったんだ」 和哉は目の前にある水の入ったコップを握ったり、離したりする。 それは緊張を解すためだと言うことをなんとなく強ばった和哉の顔を見て感じ取った。 「それで、そんな地元がどうしても嫌で高2の時に先輩にくっついてこっちに来たんだ。先輩の家にしばらく居させて貰ってたんだけど、先輩が仕事で海外に行っちゃってさ…バイトで食い繋ぐのがやっとだったな」 「家は?」 俺が質問してくると思っていなかったのか、和哉が安心した顔で笑顔を見せる。 俺もそれに釣られてほっと息をついた。 どうも俺も緊張していたようだ。 「先輩が借りてた部屋をそのまま譲り受けて住んでたけど、そこまで広く無くてもこっちは家賃が異様に高いだろ?すぐに行き詰まったよ」 「そうだな…それで何で此所に?」 俺達が住んでいたアパートは築年数が古かったのでそこまで値段は高くなかったし、元々こっちに住んでいた俺的にはあのアパートが異常に安いだけで周りの家賃を高いと思ったこともなかったので少し驚いた。 「学歴的には俺は高校中退だから、中々いい仕事がなくて…食べる為に色々なバイトをしてたんだ。そのバイトの帰りに、男に声を掛けられてはじめてその日に男と…寝た」 何でもない事の様に言い放った言葉に俺はゴクリと息を飲んでしまう。 「一晩で1日働いた時給の倍近くの金額を貰える事に…なんか一生懸命食い繋いでくのとか、色々と全部が馬鹿らしくなってさ…ウリをするようになったんだ」 「ウリ?」 「うん。色々な人と寝てお金を貰ってた」 今は爽やかなイケメンの和哉にそんな過去があったとは軽くショックだった。 しかも当の和哉は別に気にした様子もなく、むしろ懐かしむ様に少し遠くを見ている。 「和哉は…も、元々男の人が好きだったのか?」 今はどちらかと言うと優しい印象の和哉は女性にも良くモテる。 しかし、飲み会などに参加しても女性関係の話を聞いたことがなかったので年上の彼女に相当惚れていると言うのがもっぱらの噂だった。 そんな和哉が複数の男と関係を持っていたとは到底思えなかったのだ。 実際に今居るリビングにも可愛らしい小物がちらほら飾ってあったりする。 「ん~。地元では女の子と付き合ってたけど、なんか違うとは思ってたかな。それで、色々な男の人と寝るようになってから自分は男の人の方が好きなんだって分かったよ」 「それで何で…ち、調教なんか受けることになったんだ?」 和哉はその頃を思い出す様に少し上を向いて考え込んだ。 俺は思わず調教という言葉に戸惑いを感じ、どもってしまう。 「はじめは…いつも俺を買ってくれた人が俺にいい仕事があるって言うからついていったんだよね。その人羽振りもよかったし。で、その人に連れてこられたのがきっかけかな…」 「それが今のこの家の人?」 「いや…別の人。あの人はCLUBに行くために会社の金を横領してたらしくてさ…」 和哉は自分の事では無いながら頬をポリポリとかく仕草をする。 少し言いにくいのかもしれない。 「CLUBに行けない時に、俺を買ってたんだって。それで、遂に横領がバレて海外にとんずらするって段になって俺を連れていこうと思ったみたい」 俺はその男の行動を想像するだけで開いた口が塞がらなかった。 横領した金で男を買っていたのだ。 「俺を気に入ってたってのもあるんだろうけど…調教を受けはじめた俺が金になると思ったみたい。俺が逃げられる訳無いのにね」 和哉はその時のことを思い出して少し自嘲気味に笑みを浮かべている。 俺にもつい先日の事なので身に沁みてよく分かり、口を引き結んだ。 「まぁ、その人も”地下室”送りになっちゃったみたいだけどねぇ」 「地下室って…」 「あぁ…それも説明しなきゃな」 忘れてたという様子で、和哉は机に肘をついた。 そこで大きく深呼吸をするものだから、俺にも再び緊張が戻ってくる。 「”地下室”は調教部屋より最下層にある部屋だよ」 「それって…」 俺の背中からは冷や汗が流れ落ちる。 俺は最近これに良く似た話を聞いた事があったからだ。 「バカラ様にもお話を聞いたと思うけど、不適正な人間は“地下室”に送られるんだ…」 やはり…と咄嗟に思った。 少し前にバカラからあの倶楽部の成り立ちを聞いていたからだ。 その時に聞いた話に似ているのだ。 「俺も“お茶会”が開かれるとは聞いてるんだけど、実際にはどんな事が行われているのかは分からない。けど、その地下室に行った人達がどうなるかは…分かるよね?」 俺もその地下室なる場所で何が行われているかは分からないが、バカラの口ぶりからはけして穏やかな物ではないことが容易に想像できた。 俺も自らの腕を擦りながらコクリと頷く。 「それからは、あの人が身請けされる日に会って以来会ってないよ」 「身請けって…あの遊女とかが任期が開ける前にパトロンができるってあれ?」 「やっぱり、司は頭がいいんだな…」 「和哉程じゃないよ…」 和哉は気にして居ないみたいだが、和哉は俺らの学科の中では上位の成績者なのだ。 そんな和哉に褒められると、少し気恥ずかしい様な気もする。 「あぁ…話が逸れちゃったな。そうだよ。その身請け」 和哉がコクンと頷く。 笑顔さえ浮かべている事に、この時は違和感も感じなかった。 「あの時…目の焦点は合ってないし、リードに引きずられて、移動はずっと四つん這いで犬みたいになってるあの人を見たら流石に背筋が寒くなったよ」 「ずっと、四つん這い…」 「後で聞いた話しだけど、あまりの苛酷さに脱走しないように脚の腱を切断するんだって」 「・・・・」 流石にそこまでとは思っておらず、言葉が出ない。 俺の受けた仕打ちなんて凄くマシな物だったのではないかと思えてくる程だ。 「ごめん。食事前に話す事じゃなかったね…続きは食べたら話そっか。冷めないうちに食べよ」 「うん…」 なんとも重い空気に、俺は無言でもそもそと食事をはじめた。 部屋には食器とスプーンがぶつかる微かな音が響いているだけだった。 カレーは少し甘口で優しい味がしたけど殆ど味は分からなかった。 + 「龍くんは暫く起きないから大丈夫だよ」 「あ…うん」 食事が終ると、和哉がコーヒーを出してくれた。 部屋はカフェにでも置いてありそうな本格的なマシンから漂ってくる豆を挽いたときの香ばしい香りに包まれている。 龍二の居る部屋を気にして居た俺に、マグカップを渡してくれた。 俺がマグカップを受け取ると、和哉は俺の座っているソファーの態々真横に腰をおろす。 「これからの話は凄く言いにくいんだけど…大丈夫?」 和哉が俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。 先程の話は全部俺を騙す為の嘘なんじゃ無いだろうか…と和哉の整った顔を眺めて思った。 「大丈夫…」 俺は俯くと暫くコーヒーの水面を見つめて居たが、意を決して和哉を正面に捉える。 それを見た和哉はコクンと頷き、俺のコーヒーカップと自分の分をローテーブルに置いた。 「司は薄々気付いていると思うけど…司のお父さんの事…」 あぁ…遂にこの話がきてしまったのか。 実は、俺が一番恐れていた事の1つだ。 今日一旦家に帰ってから、父さんが全く家へ帰ってきた様子がなかった。 いくら俺に連絡が取れないからと言って置き手紙ひとつ無いのは不自然だった。 色々な疑問点から、俺は和哉が話そうとしている事が容易に想像できてしまいゴクリと息を飲んだ。 続きを早く話して欲しい様な、でも話して欲しくないような複雑な気分だった。 「今回の本当のターゲットは、司じゃなくて…司のお父さんなんだ」 「・・・・」 俺は思わず何も言えずに顔を覆った。 予想していた事を実際に言葉にされるとダメージが大きい。 「司はどうせ、“父親がどうなってもいいのか”って言われて逃げれなくて調教受けたんだろ?」 「えっ…な、んで…もしかして、動画??」 この前の事を見ていた様な和哉の口ぶりに疑問が浮かぶ。 クラブにカメラを回され、あられもない場面を散々撮影されたことを思い出し、それを友達である和哉に見られたのかと思うと一気に血の気が引いた。

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