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生活2
「これ、見た目大きくて邪魔なんだけど優れものなんだよ」
「それなに?」
「ロースター」
「なんかテレビで見たことある気がする」
ベランダには海外ドラマに出てくるような大きなロースターが置かれていた。
和也が蓋を開けてロースターの下に置いてある小さな金属の箱から炭をトングで取り出して並べていく。
「前からそんなのあったっけ?」
「りゅうくん来てから子供ができた父親みたいな事ばっかりしたがってさ…最近買って来たんだよ」
和哉は炭に着火材をかけながら手際よく火を着けていく。
口では困った風には言っているが満更でもないんだろうと言うことが顔を見ていれば分かった。
なんやかんや言いつつ、俺が思っている以上に龍二は愛されているのかもしれない。
そうこうしている間に炭に完全に火が着いたので、パックに乗ったサンマを素手でロースターに乗せていく。
「じっくり焼けるから、その間に盛り付けしようか」
「そうだな」
秋刀魚を焼いている間に作った料理を皿に盛り付けたり、小さな鍋に入れるなどする。
和也は手を洗いながら手際よく人数分分けて行くが、分けて見ると少し多い気がするのは気のせいだろうか。
「魚は焼いておくから、今の間に部屋に持って行っちゃいな」
「ん。ありがと」
和哉の言葉に甘えて分けた料理を部屋に運ぶ事にした。
けんちん汁は小さな鍋に入れてもらったので、それと大皿に乗った煮物と小鉢に入った小松菜のお浸しにラップを掛けてお盆に乗せる。
一度部屋を出て階段を上がる。
ドアノブに手をかけると鍵の開く音がする。
はじめは勝手に開くことに驚いたものだが今では慣れたものだ。
「これでよし…」
食器や鍋は借り物ではないのでそのままコンロの上に置いたり、机の上に軽くセッティングをしておく。
この前借りたお皿をお盆の上に乗せて部屋を後にする。
「和哉~?この前の皿に返すよ~」
「おー。ありがと。魚焼けてるよ」
「良い匂いだな」
和哉の部屋に戻って来ると魚の焼けた香ばしい香りが漂っている。
流石にベランダで魚を焼いたからか部屋は魚独特の生臭さが無かった。
魚の乗った皿の端にはきちんと大根おろしが添えられていて、机にセッティングされている物を見ると本当に王道の和食だなって思う。
俺達のご飯はタイマーで予約してあるから俺が部屋に帰る頃には調度いいだろう。
「今日は色々ありがとう。また明日」
「こちらこそありがとう。それと…色々と程々にね」
「本当に今日の和哉おやじっぽいよ…。それを言うなら和也も程々にな?」
俺は和哉の言葉に苦笑いを浮かべつつ、残りのおかずを持って部屋へ戻った。
部屋に戻るとご飯が炊けている匂いにほっこりしてしまう。
和哉に言われた通りこの生活にはかなり慣れて来ている。
恥ずかしい話だが、甘やかされるのも悪くないと思い初めている自分が居る。
「よし!」
テーブルのセッティングも終わり、後はバカラが帰ってくるだけだ。
最近では帰る前に電話をしてくれるようになって気恥ずかしいが嬉しく思う自分も居て少し複雑な気分になる。
帰る大体の時間は和哉に聞いていても、直接連絡があるとはじめは気恥ずかしい気持ちもあったが、食事の準備ができていいなと思うようになっただけ進歩したのかもしれない。
~♪
そうこうしているうちに電話が掛かってきた。
大きく深呼吸をして電話を取る。
「はい」
『やぁ子猫ちゃん。今は家かい?』
実は、毎回バカラの低くセクシーな声を聞くたびに腰が砕けそうになるのでなるべく覚悟を決めて電話に出るようにしている。
今もスマホ越しに聞こえる声に変にそわそわした気持ちになってしまう。
「もう少しですか?」
『あぁ。もう近くだから良い子で待っているんだよ』
「分かってます。では気をつけて帰って来て下さい」
『Yes.My sweet.』
「ちょっ!毎回やめてください!気をつけて!」
俺は慌てて電話を切った。
耳に残る甘い声に思わず耳を手の甲で擦ってあのむず痒い感覚を振り払うようにする。
心臓が持たないからやめて欲しいものだ。
そうだけんちん汁を温めなおさないといけないと気を取り直して俺はコンロの上の鍋を温め直すために火を着けた。
流し台の下からお玉を取りだし、くつくついっている鍋をひと混ぜする。
沸騰する前に火を止めてテーブルの上に乗せておく。
本当に慣れたもんだなと呑気に思う。
ピンポーン♪
「はーい」
本当に絶妙のタイミングでインターホンが鳴る。
俺は急いで玄関に向かった。
「相変わらず早いですね」
「早く子猫ちゃんに会いたかったからね」
「何言ってるんですか」
「私はいつも本気なんだけどね」
玄関の扉を開けるとやはりバカラが立っていた。
扉は指紋を認識して開く最新システムなので、インターホンを鳴らさなくてもいいのだが、俺のお出迎えが嬉しいのだそうだ。
バカラが俺に微笑みながらドアノブを握っている手に自分の手を重ねてくる。
これもはじめは恥ずかしかったが毎日されていれば少しは慣れてくるものだ。
「ご飯はできてますよ」
「私は毎日子猫ちゃんを真っ先に食べたいけどね」
ちゅっ
「いや、あの…それはお風呂のあとで…」
自然な仕草で頬にキスをされると、夜の雰囲気にぼふっと顔から湯気が出る。
色々慣れたつもりだが、日本人ではしない様なスキンシップにはまだ慣れない。
特に事あるごとにしてくるキスは曲者だ。
キスをされる度にたじろいでしまい、毎回バカラに面白そうに観察されてしまうのも癪なのだがこればかりは致し方ない。
「君の料理は何でも美味しいから、先に夕飯にするとしよう」
「あの…上着は受け取り…ます」
「そうだな。今日はラックに掛けておいてくれないかい?」
「はい」
腰を抱いてくるバカラの上質そうなスーツが心配になり上着を受けとることにした。
バサッとジャケットを脱ぐ仕草も絵になり格好いい。
いつもはクローゼットに片付けるのだが、バカラの指示でジャケットをラックにかけておく。
やはりバカラの身に付けている物は何でも高級品らしく、はじめに見たスーツのタグが俺でも知っている様な高級ブランドの物だった事にも驚いたが、それを片付けようと思って開けたクローゼットには違う高級ブランドのスーツや普段着が沢山かかっていて目眩がしたものだ。
実は俺が今着ているものも自分では買ったことの無いようなカジュアルブランドの物だ。
今まで着ていた量販店の大量生産品で無いのは肌触りからして明らかで恐縮してしまう。
+
夕食も終わり、大きなリビングのソファーで俺は相変わらずバカラの膝の上に乗せられていた。
バカラはタブレットでメールのチェックをしている。
俺はもう慌てることもせずついているテレビをぼんやりと眺めていた。
この家に来て、はじめはこの膝の上に乗せられることにやはり抵抗があって拒否しようとしたのだが有無を言わせないというバカラの雰囲気に押され、そのまま習慣となってしまったのだ。
今では安心する場所のひとつとなってしまい、慣れとは本当に恐ろしい。
「あっ…」
「さぁ、そろそろ子猫ちゃんを食べさせてもらおうかな?」
メールのチェックも終わったのか太股をすっと撫でられながらふぅと耳に息を吹きかけられる。
俺はそれに思わず小さな声が出てしまい慌てて口を押さえ、コクリと頷いた。
「わぁ…」
「しっかり掴まってるんだよ」
バカラは上機嫌で俺を持ち上げ風呂場へと足を進める。
こうやって持ち運ばれることは良くあることなのだが、この浮遊感が気持ちよくもあるが成人男性としては何度も体験するのは複雑な気分でもある。
「さぁ…服を脱ぎなさい」
「は…い」
風呂場につくと、床に降ろされ服を脱ぐようにいわれる。
当初バカラに恥ずかしながら脱がされることが多かったのだが、自分で脱ぐと言ってからは面白がってそれを観察されるようになってしまった。
別々に入れば良いのではないかとこっそり先にシャワーを浴びたことがあったが、その時はそのままベッドに連れて行かれお仕置きと称してドロドロのぐちゃぐちゃにされて、結局バカラにまた風呂に入れられてしまったのだ。
それからは、余程の理由がない限り一緒に入浴している。
「あの…そんなに見られていると脱ぎにくい…です」
「気にしないでくれ」
このやり取りも毎回だ。
俺は意を決してVネックの黒のサマーニットを脱いだ。
毎日の事だがバカラに自分の身体を隅から隅まで見られるの慣れることがない。
もしかしたら俺の黒子の数も把握しているのではないだろうかと怖くなる事さえある。
「だいぶ健康的な身体になってきたね」
「ひっ…そ、そうですか?」
服を脱いだ俺の腹をするりと撫でられ、くすぐったさで変な声が出た。
スラックスを脱ぐのを躊躇って居るとトントンとベルトの金具をバカラが指先で叩く。
俺はそれに従ってゆっくりとベルトとスラックスのボタンを外す。
ベルトの重みでストンとスラックスが下に落ちたが、バカラがずいっと近付いてきたのでそれを拾う事ができない。
下着姿の俺の前に立ったバカラが俺の腰に手を回してきたので、俺はバカラのワイシャツのボタンを外していく。
バカラは俺に服を脱がさせるのも好きらしく、俺が下着姿になったところで近付いてくるのだ。
それが少し可愛くて俺は笑みがこぼれる。
「バカラさんのお腹は格好いいですよ」
「ふふふ。仔猫ちゃんはお世辞が上手だね」
バカラは謙遜して笑ったが、ワイシャツを脱いだバカラの腹はきれいに割れておりチョコレート色の肌と相まってとっても格好いい。
自分の腹の貧相な事に思わず自分の腹を撫でるとバカラの手が頭に乗った。
優しく撫でるバカラの手にうっとりしながらスラックスにも手をかける。
毎日こんな感じで風呂に入るまでに時間がかかってしまう。
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