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第3話

「さっ、さきゅ……?」 「サキュバスだ」 荒谷は壁に貼ってあるアニメのポスターを指差した。 コウモリみたいな羽と、先の尖った黒い尻尾を持ったセクシーで可愛い女の子。 「何でサキュバスなの?」 「俺が好きなんだ。文句あるか?」 荒谷って実はオタクなのかな? 改めて部屋を見渡すと、フィギュアなんかも飾ってある。 僕は続けて聞いた。 「優勝したらって言ったよね?ハロウィンの仮装なら、もっとそれっぽいものにした方がいいんじゃないの?魔女とか、黒猫とか?」 「うるせぇな。サキュバスだって知ってるヤツは知ってんだよ。今流行りのゲームキャラだからな」 荒谷は一瞬ムッとしたけれど、すぐに不適な笑みを浮かべた。 「メジャーじゃなくても、お前なら勝てる」 荒谷が手を伸ばして、僕の眼鏡を外す。 途端に荒谷の顔がぼやけて見えなくなる。 僕はひどい近視だから、レンズの分厚い大きな縁の眼鏡をかけていた。 「眼鏡取ったら、野郎だらけの学園で、お前ほどの美人はいねぇからな」 僕はびっくりした。 荒谷にそんな風に思われていたなんて。 「一週間後、またウチに来い。衣装合わせするから。それと、お前、コンタクトは?」 「あるけど……」 「持って来い。お前を最高に仕立てて優勝させてやるよ」 一週間後、僕は荒谷の家に来ていた。 「いらっしゃい」 そう言って出迎えてくれたのは、すごく可愛い女の子だった。 メイド風の格好をしている。 「妹の茉莉菜(まりな)ですっ。さっ、あがって」 荒谷の部屋まで案内される。 ミュウが僕のあとを追ってきた。抱き上げて荒谷の部屋に入る。 「来たな」 荒谷は椅子に座って待っていた。 「あれに着替えろ」 壁にかかっていたのは、すごく可愛いサキュバスの衣装だった。 「わあっ、可愛い!」 「私が作ったのよ」 僕の反応に、茉莉菜ちゃんは気をよくしたみたいだった。 「さあ、着替えてみて。お兄ちゃんが細かい所まで測ってるからピッタリだと思うけど、何かあったら言ってね」 そう言って茉莉菜ちゃんは出て行った。 先週念入りに測られたのは、このためだったのか。 「着替えるけど、荒谷は出て行かないの?」 「俺の部屋なのに、何で俺が出て行く必要があるんだ?」 荒谷らしい答えだった。 ミュウを下ろし、諦めてサキュバスの衣装に着替える。 衣装は僕の体にピッタリだった。デザインも可愛くセクシーで、細かい所まで申し分のない見事な出来だった。 胸のふくらみがしっかりあるのが気になったけど、クオリティの高さに感心してしまう。 ニーハイの編みタイツに、黒のお洒落なハイヒールを履いて完成だった。 眼鏡もコンタクトに変えて鏡の前に立つ。 「すごい!」 僕は感嘆して息をのんだ。 自分でもびっくりするくらい可愛いサキュバスがそこにいた。 「茉莉菜は有名なコスプレイヤーだ。手作りの衣装にも定評がある」 「へぇ、すごいんだね」 僕は荒谷を見た。 ちょっと意地悪を言ってみたくなる。 「ねぇ?僕のこんな格好がみたいって、荒谷って実は変態なの?」 「うっせぇな。またいじめんぞ」 「着替えは済んだ?」 部屋のドアがノックされる。 「いいぞ。入れ」 荒谷が茉莉菜ちゃんに声をかける。 「かっわいい~!町田さん。思ったとおりね。最高だわ!」 部屋に入って来た茉莉菜ちゃんは、僕を見て飛び上がらんばかりに喜んだ。 「これだけじゃないのよ。もっと可愛いく変身させちゃうわ!」 茉莉菜ちゃんは僕にメイクして、ウィッグとリボンをつけてくれた。 「超可愛い!」 茉莉菜ちゃんは大興奮だ。 鏡を見ると、美少女みたいに可愛い自分が映っていた。 チラッと荒谷を見ると、めずらしく満足そうな笑みを浮かべている。 「町田さんにはもう1着作ってあるの」 そう言って茉莉菜ちゃんが僕に見せたのは、魔女の衣装だった。 こっちも可愛い。 「コンテスト以外はこっちを着てて。サキュバスはあくまでもコンテスト用ね」 「ずっと着てると見慣れてくるからな。意外性とインパクトで勝負だ」 荒谷兄妹の優勝にかける執念を感じる。 「何でそんなに優勝したいの?」 僕は不思議に思って荒谷に訊ねた。 答えたのは茉莉菜ちゃんだった。 「お兄ちゃん、大の温泉好きなの。コンテストの優勝商品、一泊二日の温泉旅行なんでしょ?ペアの。だから、絶対ゲットするんだって燃えてるの。優勝は町田さんにかかってるから、頑張ってね」 荒谷が温泉好き。 意外なことばかりだ。 でも、俄然やる気が沸いてきた。 荒谷のために優勝して、温泉旅行をプレゼントしたい。 「私は当日別のイベントがあって行けないの。メイクはお兄ちゃんにも伝授しとくけど、町田さんもできるようになってね。何度も練習しないと上手くならないから、また家に来れる?」 「わかった」 僕は学園祭まで何度か荒谷家に通った。 茉莉菜ちゃんはメイクだけでなく、歩き方や決めポーズなんかも教えてくれた。 気がづけば、荒谷とも自然に会話が弾むようになっていて。 僕たちはコンテストまで、着々と準備を進めていった。

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