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第2話
男の武骨な指は、太い。
アザミはそれに、己の指を絡める。
怪士 の面の下で、男がどんな表情を浮かべているのか、それを想像するのは、楽しくもあり、恐ろしくもあった。
アザミはホクロのある口元を淫靡に歪めて、握った男の手を、己の下半身へと導く。
ピクリ、と逞しい筋肉が反応し、男がアザミの手を軽い動作で振り払った。
男衆は、男娼に乱暴はしない。
商品を傷つけることはご法度だからだ。
だからこのときも、怪士はアザミの手を傷つけない程度のちからで、そっと、アザミを遠ざけたのだった。
「できません」
と、男が繰り返した。
「後始末をご所望でしたら、翁 を呼びます」
翁 、と怪士 が口にしたのは、翁面を着ける男衆のことだ。
男衆の役割は、大きく二つに分けられる。
まず、この男のように怪士の面を着けた者は、男娼の身の回りの世話役を楼主から仰せつかっている。そして、いざというときのボディガードにもなる。だから怪士は、筋骨隆々とした男が多い。いま、アザミの目の前にいる男も、鍛え上げられた体つきをしていた。
しずい邸で働く男娼には、それだけ危険が付き物だということだった。
アザミたち男娼は、金で買われた立場である。しかも、安くはない。むしろ高い。淫花廓は、高級の上にも超がつくほどの遊郭として、存在するからだ。
淫花廓の客は当然、遊び方を心得た者が多かったが、中には男娼に対し過度な振る舞いをする客もいた。
金さえ払えばなんでもさせる、金を払っているからなにをしてもいい、と勘違いする客だ。
彼らは男娼を、物として扱い、暴力を振るい、予めNGだと言っておいたはずのプレイを強要しようとする。
そのときに体を張って男娼をまもってくれるのが、怪士だ。
怪士は、男娼たちが各自で決めた『セーフワード』を口にした際には、なにを置いても部屋に飛び込み、客を引き剥がしてでも男娼をまもるように教育されている。
しかしその『セーフワード』を、男娼は軽々しく口にはできない。一回につき百万円、という巨額の罰金が科せられるからである。
この罰金がなければ、苦手な客が来た、というだけで安易に『セーフワード』を言う男娼が出てくるからだった。
だから男娼は、よほどのことがない限りそれを口にはしないし、男娼が『セーフワード』を発したときはかなり危険な状態だと判断ができるため、男衆は即座に飛び込んでいく、というシステムなのだ。
男娼が『セーフワード』を言った、ということは、その部屋付きの男衆から楼主に報告がもたらされるため、今日、アザミが怪士を揶揄って遊んだことも、この男から直に楼主の耳に届くだろう。
こんな振る舞いをしてばかりだから、アザミの借金は増えてゆくのだが、売れっ妓 のアザミは落ちこぼれ男娼と違ってお茶を引くということがないので、罰金がいくらだとかは特に気にしたことがないのだった。
男衆のもうひとつの役割が、男娼の教育である。
その教育係は、翁面を着けている。
しずい邸でもゆうずい邸でも、まず初めにこの翁によるボディチェックが行われる。
体の隅々まで触られ、性器を弄られるのだ。
翁面のこのチェックに合格すれば、次は性技を仕込まれる。
アザミは昔、無垢な体を翁にまさぐられ、毎日のように泣いていた。……いまでは、笑い話だけれど。
そして体が出来上がり、翁と楼主がともに良しと判断した段で、晴れて淫花廓の高級男娼として、見世に立つことがゆるされるのだ。
「いまさらこの僕が、翁の手を必要とするわけないだろう」
昔に散々弄らせてやったのに、とは口にせず、アザミは皮肉気な笑みを唇に乗せた。
「ではご自分でどうぞ」
素っ気ないほどに淡々と、怪士が応じる。
彼の逞しい腕はアザミから遠ざかり、アザミはそれを、細めた目で見た。
ふ、と吐息して。
アザミはハイヒールの足を踏み出した。
カツっ、と細い踵が床を滑る。
バランスを崩したアザミの体が、左後方へと倒れた。そちらには、蓮の花をモチーフにした、ガラス製の赤いランプが立っている。
「アザミさまっ」
鋭い声とともに、男衆の手が伸ばされ。
アザミの右腕が、強いちからで掴まれた。
そのまま、右側へと引き寄せられ……。
アザミはくるりと体を反転させて、アザミを抱き止めようとした怪士の足を払い、男の重心を狂わせた。
どさり、と。
アザミの体を上にして、男の背がベッドへと倒れ込む。
アザミはすぐに、男の腹の上へと座った。
くつくつと、込み上げる笑いに細い肩が揺れる。
「おまえなら、僕をたすけると思ったよ」
だからわざとランプの方へ倒れたのだと、アザミは暗に告げて。
黒装束の上に手を這わし、男の筋肉の感触を確かめた。
「ガラスが割れて、僕の肌が傷ついたら困るものね。商品を傷つけるな。そう、教育されているんだろう? おまえが僕を振り払えば、僕はあのランプを倒すよ。僕を傷つけたくないなら、そうやって大人しく寝ていることだね、怪士」
アザミは笑いながら上体を倒して、能面の唇にキスをした。
温度のないキスだ。
それでいい。
それぐらいが、アザミにはちょうどいい。
「どうせ、一度も二度も同じだよ。おまえは既に、禁忌を破っている」
アザミはもう一度、能面越しにキスをして。
体の位置を下げると、黒装束の腰ひもを解いた。
「アザミさま」
咎めるような声が、男の口から漏れる。
それに微笑だけを返して。
アザミはくつろげたそこへと手を侵入させ、ごそり……と探った。
平常時でもかなりの質量を持った男の肉棒に、細い指を絡めて。
アザミはそれを、外へと導き出した。
「相変わらず、大きい」
うっとりと目を細めて。
アザミは怪士の逸物を手で扱き始める。
手淫によって強引に快感を引き出された男の、腹の辺りにちからが込められた。
鋼のような筋肉が、黒い生地越しにも見て取れた。
反応を見せ始めた陰茎を、アザミは口に含む。
男のそれは大きくて、全部を収めることは難しかった。
数えきれないほどの男に抱かれてきたアザミだが、この怪士の牡が、たぶん、一番大きい。
それをじゅぼじゅぼとしゃぶっていると、硬度が増してゆき、血管を浮かび上がらせたペニスが、隆隆と勃起した。
はっ……、と怪士の唇から熱い吐息が漏れた。
感じているのだ。
それはそうだろう。淫花廓の男娼に奉仕されて、勃たない男はいない。
アザミは唾液でぬらぬらと光るペニスを、膝立ちになって跨いだ。
まだ、客の吐きだした精液の残る後孔を、破れたストッキングの隙間から、後ろ手にした自身の指で左右に開く。
とろり、と落ちた白濁が、怪士の牡に掛かった。
ゆるゆると、腰を落として。
開いたアヌスへと、男の先端を当てる。
「ペニスはね、他の牡の精液を掻き出すために、こんな形をしているそうだよ」
男のカリの部分を、指先でくすぐって。
「おまえのコレで、掻き出して……僕の中を、きれいにしてくれ」
アザミは笑いながら、ぬくっ……と太い男の欲望を、身の内に収めていった。
咎めるためにか、促すためにか、男の大きなてのひらが。
アザミの太ももを掴んだ。
その熱い体温に。
アザミはぶるりと、背中を震わせた……。
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