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第3話

 天を突く男の怒張が、アザミの中に埋め込まれてゆく。  アザミは「あ」の形に開いた唇から、熱い吐息を零した。  大きく張り出した亀頭部分が、隘路を押し開き、客に散々散らされて熱を持つ内側へと、ゆっくりと挿入された。  アザミの中が蠢動し、怪士(あやかし)の牡へと絡みつく。うねる刺激に、怪士も能面の下で低く呻いた。 「ふ、ふふっ。おまえのコレが、一番、僕の奥に届く」  男の上で腰を揺らめかせて、アザミは凶器のように大きなペニスを、すべて収めた。  女ですら泣き出すようなサイズだったが、よく慣らされたアザミの後孔は、上手く受け入れ、食い締める動きを見せた。    逞しい男の腰に座り込み、アザミはしばらく、怪士(あやかし)のペニスの感触を味わう。  怪士はアザミの太ももを掴んだまま、微動だにしなかった。しかし、こらえきれない快感に、腹の辺りにちからがこめられ、黒装束越しにも腹筋が浮かび上がっているのがわかった。  アザミは細い指を、男の下腹部へと這わせ、その筋肉の硬さを確かめた。    下から、思い切り突き上げて欲しい、という浅ましい欲が身の内に湧き起こったが、それが叶えられる類のものではないことも、アザミはよく知っていた。  怪士(あやかし)は決して動かない。  これは逆レイプだ。  『商品』の立場をかさに着た、逆レイプだ。  怪士はアザミを抱きたいわけではない。アザミの口淫によって強引に快感を引き出され、抱きたくもない男の肉筒へとペニスを埋めさせられた、ただの被害者だ。  事実、男衆にとって男娼を抱くという行為には、リスクしかない。  男衆と男娼が関係を持つことは、この『淫花廓』に於いて固く禁じられていた。  楼主に見つかれば身の破滅だ。男衆、男娼ともに制裁が待っている。制裁は、肉体的なものにとどまらない。『淫花廓』の高級男娼に手を付けたとして、経済的な制裁が加えられるだろうことは、想像に難くなかった。    怪士(あやかし)は屈強で……その体つきも腕の太さも、アザミとは比べ物にならず。その気になれば、アザミ程度腕の一振りで吹っ飛ばすことが出来るだろう。  それなのにアザミの下で従順に仰向けに横たわる男を、アザミは細めた目で見下ろした。  この男が大人しくアザミの言うことを聞いているのは、アザミが淫花廓の『商品』であるからで、それ以上でもそれ以下でもない。    怪士はきっと、揺れている。  男娼に傷をつけてはならぬ、という決まり事と。  男娼とは関係をもってはならぬ、という禁忌事項の中で。  揺れながら、アザミによって勃起させられ、望まぬ性交を強いられているのだ。  アザミは長い睫毛を瞬かせて、まとわりついてくる虚無を払うと、 「そのまま、じっとしておいでよ」  傲慢な微笑を浮べて。  怪士の腹に手を付いたままで、腰を動かし始めた。  ぬちゅっ、ぬちゅっ、とぬめった音を立てながら、男の剛直がアザミの中に放たれた、他の雄の精液を攪拌(かくはん)する。  その音を聞きながら、アザミは。  初めてこの男と出会ったときのことを、思い出していた……。  それはもう、十年以上前のことで……。  アザミが、まだ、アザミでなかったときのことであった。    ***  淫花廓には、地下通路がある。  川を挟んで並び立つ、ゆうずい邸としずい邸。二つの建物を繋ぐ道は、地上には存在しない。川幅は2メートルほどで、土手を入れても3メートルそこそこだろう。渡り廊下で両邸を繋げない距離ではないだろうと思えたが、ゆうずい邸としずい邸の男娼同士の接触は禁止されていて、それゆえの措置なのだと説明を受けた。    戻り橋を渡って淫花廓までの道を進むと、六角形の蜂巣の連なりを抜けて、ゆうずい邸に行きつく。  そのゆうずい邸から、しずい邸へ繋がる道は、ゆうずい邸の地下から伸びる、この地下通路だけなのだった。  (ふる)い旅館のようにも見える淫花廓だが、この通路だけは現代のテクノロジーやセキュリティシステムを活用した堅固なもので、楼主か、もしくは限られた男衆と一緒ではないと通行できないようになっているとのことだった。  男衆、というのは、いま少年の手を引いている翁面(おきなめん)か、もしくは怪士(あやかし)という能面を被っている男たちのことだという説明は、すでに受けていた。    高額な借金とともに少年を残して、両親は蒸発した。  少年は齢12で、返せるはずもない額の借金を背負い、闇金業者に連れられて、ここ『淫花廓』へと連れて来られたのだった。    翁面が地下通路の入り口に立つと、電子音が聞こえ、自動で扉が開いた。扉は三重になっていて、薄暗い天井を見上げると、監視カメラが設置されているのが見えた。  ひんやりとしたその空間を歩き、少年はしずい邸へと入る。  エレベーターで一階へ上がると、そこは広間になっていて、そのスペースは木の格子で大きく二つに区切られていた。  こちら側には座り心地の良さそうなソファが並び、ゆったりと格子の中を見られる造りになっている。 「張見世(はりみせ)をイメージして造ったそうです」  翁面がしゃがれた声でそう言ったが、少年には張見世という言葉自体がよくわからなかった。  フロアを抜け、奥の扉を開けるとそこは、応接間になっていた。  高級そうな革張りのソファには、ひとりの男の姿がある。  男は和服姿で、薄い唇に咥えた煙管(キセル)の先からは、紫煙が立ち上っていた。座っていてさえ、均整のとれた肢体だということが見て取れる。 「来たか」  と、男は切れ長の目を上げて、少年を見た。大人の男の年齢を少年が推し量るのは難しい。和装の男は、20代のようにも50代のようにも見えた。頬の辺りの肌には張りがあったが、目が、この世の深淵を覗くような、老成した落ち着きがあるのだった。  その、男の双眸が、少年を見て僅かに細まる。  少年が痩せこけて、垢じみていたからだ。  電気もガスも止まった部屋で、水だけを飲んで生活していたからだった。 「汚い子どもだ」  それが、楼主から下された、少年への最初の評価であった。     

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