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第19話
ベッドのヘッドボードに付いている小さな引き出しから、アザミは手探りで小ぶりな容器を取り出した。
そこには、半固形の精油が入っており、指に掬うと、体温でとろりと蕩けるのだ。
甘い香りのするその潤滑油で、アザミは己の後ろをほぐそうと、容器のふたを開いた。
すると、上から伸びてきた大きなてのひらが、アザミの手からそれを取り上げる。
「俺にさせてください」
怪士 が、低い声で囁いた。
アザミは片眉を上げて男を見上げ、筋肉の浮いた胸元を、折り曲げた足で、軽く蹴った。
「大人しくしておいで。少し馴らせば、すぐに挿れられるから」
「いいえ、アザミさま。久しぶりなので、ちゃんと拡げないと……」
男にそう言われ、アザミはふふっと笑ってしまった。
確かにこの2週間、男に抱かれていない。
男娼になって以降、こんなに長い間体を開かれなかった日はなかった。
しかし、アザミは毎日のように、怪士を受け入れる準備をしていたのだ。
今日はその気になるかもしれない、今日は抱いてくれるかもしれない。
男はアザミを抱くどころか、同じ布団に入って来ることすらなかったが、アザミは期待を捨て去ることができずに、後ろをほぐし、怪士を受け入れられるように孔を拡げていたのだった。
そのときの虚しさを思い出し、アザミはぐいぐいと足の裏で男の胸板を押した。
ついでのように、爪先で鎖骨の辺りをくすぐってやる。
「朴念仁なおまえには想像もつかないだろうけどね。男娼の『アザミ』が、体の手入れを欠かすことはないんだよ」
最後の、よ、という音を舌に乗せるか乗せないか、というタイミングで、細い足首を男に掴まれた。
怪士の体のパーツはどこも大きくて。
華奢な足首を太い指がぐるりと一周する。
完治した右の足首を、恭しいまでの仕草で持ち上げた怪士が、足の甲にキスをした。
そのまま唇を滑らせた男が、親指を口の中へと含む。
ぬち、ぬち、と舌で指の股をくすぐられ、ベロベロと舐 られた。
「ん……、バカ、やめろ、きたない……」
性器でもしゃぶるように、指をちゅばちゅばと吸われて、アザミの腰がうねった。
ぬめぬめとした舌で足指を愛撫されると、くすぐったさよりも、快感が上回る。
怪士はアザミの足を左手で掴んだまま、右手を下腹部へと伸ばしてきた。
シーツの上に置いた容器の中身を、無造作に指の腹で掬い、アザミの後孔の表面に塗り付けてくる。
アザミの体温と、男の手の熱で、それはすぐにどろりと溶けて、アザミの蕾をいやらしくてからせた。
ぬちゅ……と、怪士の中指が、入り口を拡げた。
アザミの唇から、熱い吐息が零れる。
後孔は自らやわらかく開いて、男の指を中へ中へと誘い込んだ。
精油を纏った太い指は、1本でもなかなかの質量だ。それがアザミの肉壁を掻き分け、ぬぷぬぷとほぐしてゆく。
一度ずるりと出て行った指が、再び容器の中身を掬って、今度は2本の指が挿入された。
「ああっ、あっ、あっ、あっ」
ぐちゅ、ぬちゅ、と淫猥な水音とともに、男のそれがピストンする。
中で軽く折り曲げられた怪士の指の腹が、前立腺をずっと押していて、アザミの腰がびくびくと跳ねた。
清楚な色を保ったままの性器が、アザミの体の中心で勃ち上がる。
ちら、と目を向けた怪士の雄々しいペニスも血管を浮かび上がらせていて……アザミはごくりと喉を鳴らした。
「怪士……、もう、挿れて」
アザミは男を乞う言葉を口にしたが、怪士は首を横に振って、
「まだほぐさないと……」
と、2本の指を動かし続ける。
「あぅっ、あっ、も、もう、いいっ」
「いいえ、アザミさま」
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ。ぬめるアザミの中で、男の指が暴れている。
「ま、待てっ」
反らせた背中をシーツから浮かせて、アザミは男の手の動きを止めようとした。
しかし、怪士は指の本数を3本に増やし、さらに激しく隘路 を掻き分けてくる。
「ひんっ、あっ、ああっ、と、とまれ、あっ、あっ、あっ、あっ」
内壁がうねうねと蠢き、中をこする指に絡みつく。
嘘だ、とアザミは思った。
この、アザミが。
指なんかでここまで翻弄されるなんて、嘘だ、と。
「ひぁっ、あ、あ、ああっ、あっ、ま、まてっ、あ、あああっ」
ごりゅ、と前立腺を刺激され。
アザミのペニスから、ぴゅるっと白濁が漏れた。
激しくうねりながら、後孔がぎゅうっと男の指を締め付ける動きを見せた。
その狭まった肉筒を、さらにぬちゅぬちゅと開かれる。
「ああっ、と、とまれっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、あっ」
切れ切れに喘ぐアザミの体が、不規則に波打つ。
肌がビリビリとしていて、常にない過敏さであった。
おかしい。
なにかが、おかしい。
アザミは焦った。
男の指が埋まっている体の中心から、得体の知れぬなにかが込み上げて来そうだった。
アザミは掴まれたままの右足を、乱暴に動かした。
また痛めてはいけないと思ったのか、するり、と男の手のちからが緩む。
アザミはもう一度、今度は先ほどよりも強く男の胸板を蹴った。
怪士が、少し後方へ体を倒し……アザミの中から指がずるりと出て行った。
ぽかりと空いた孔が、男の指を惜しんでヒクヒクと収縮を繰り返す。
はぁはぁと呼気を乱しながらも、アザミは肘をついて上半身を起こした。
そのまま男に抱き着くようにして、逞しい背に腕を回し、男の腰を跨ぐ。
主導権を取り戻さなければ、という焦燥が、アザミの中にあった。
しかし。
怪士が軽々と、圧し掛かるアザミと体勢を入れ替え、アザミの背はまたマットレスに埋まってしまう。
「ちょっ……僕がするから、おまえは大人しく、」
「俺がします」
アザミの語尾にかぶさって、男がそう宣言した。
「全部、俺にさせてください」
言葉だけは下手に出ているくせに、怪士の手は容赦がなかった。
アザミの膝裏を持った男が、それをぐいと割り開き、露わになったアザミの孔へと、剛直の先端を当てる。
こころよりも先に、体が悦んで。
怪士のためにそこがほころんだ。
とろりと蕩けた内部へと。
ぬくっ……と大きな先端が入り込んで来る。
「ああっ」
たまらず、アザミは嬌声を漏らした。
圧倒的な質量が、アザミの中を満たしてゆく。
「あっ、あっ、……あ、……あああっ」
びくん、とアザミの体が大きく跳ねた。
怪士の牡はまだ半分も埋まっていないというのに、アザミは挿れられただけで達したのだった。
二度目の吐精は、怪士の腹を汚した。
男が、ぬるり、とそれを指の腹で拭い、アザミの乳首へと塗り付けてきた。
「うぁっ、あっ、あんっ、あっ、あっ」
グミの実のような乳首を、男の太い指が意外な繊細さで摘まみ、コリコリと弄る。
ぷくりと勃起したその粒から、体の中心に電流のように快感が流れて、アザミの腰がカクカクと揺れた。
絶頂を味わっている間も、男の侵入は止まらない。
ずりゅ……と奥の行き止まり部分まで、熱い欲望を突き入れられた。
とん、と牡の先端が、壁に行き当たる。
とん、とん、とそこを何度も突かれ、アザミは首を横に振った。
「ば、バカ……あっ、や、やめ……」
はふっ、と荒い呼吸混じりに訴えたとき。
張りつめたエラ部分が、ぐにゅ、と。行き止まりに思えた場所の、さらに奥まで入り込んできた。
「ああーっ、あっ、あぅっ」
悲鳴とともに、アザミの体が強張った。
結腸で感じる快感は、前立腺のそれと同等だ。怪士に跨って騎乗位でそれを受け入れたとき、この男の立派なペニスは、いつもアザミの結腸部分に届いていて……アザミは充分にその感触を愉しんだのだが……。
いまは、そのとき以上の快感が、アザミの内側を駆け巡っていた。
これまで怪士は、アザミと繋がっているとき、決して己からは動かなかった。
アザミはいつも、男のこの剛直で思うままにアザミを貪ってほしい、と、そう思いながら怪士の上に乗っていたのだが……。
いざ男のペースでことを進められると、未知の感覚がアザミの胸に湧き起こり、恐ろしくすらなってしまう。
怪士が、ごりゅ、ごりゅ、とゆっくりと腰を使い始めた。
「ひぃ……っ、あっ、と、とまれ、バカっ、あっ、あっ」
「無理です」
低く、かすれた声が、短く抗った。
「手加減できないと、申し上げました」
抜き差しが、徐々に大胆になってゆく。
「ああっ、あぅっ、あ、イくっ、またイくっ」
ぬちゅ、ぬちゅ、と亀頭部分が最奥をこねまわし、ピストンの度に前立腺も擦り上げられて、アザミの先端からはだらだらと愛液が漏れ続けていた。
ああ、と怪士が熱い吐息を漏らした。
「アザミさま……アザミさまっ」
ばちゅん!と激しく突き入れられ、アザミは目を見開いたまま、また絶頂まで押し上げられた。
「ああああっ」
ぎゅうううっ、と後孔が中の肉棒を絞り上げた。
もういっぱいだと思っていたのに、男のペニスが更なる膨張を見せた。
忙しなく蠕動する肉筒が、怪士の逞しいそれに絡みつき、射精を促している。
怪士が呻いた。
獣のように、獰猛に。
「ああっ、だ、出してっ、僕の、なかに、出せっ」
アザミは無意識に腰を動かし、男を誘った。
濃い眉を寄せた、苦し気な表情で。
怪士がちから強い律動を繰り返した。
痙攣しっ放しのアザミの中に。
怪士の欲望が、まき散らされた。
どくどくと熱い精子を注がれて……アザミもまた、体を震わせる。
指の先までビリビリと痺れていた。
こんな感覚は初めてだった。
気持ちの伴う性交は、ここまで違うのか……。
忘我の中、アザミはそう思った。
あの、青磁の器に入った、淫花廓オリジナルの媚薬を使われたわけでもないのに、気持ちよすぎて、おかしくなりそうだ。
この男とのセックスは危険だ。
ほどほどにしておかないと、快楽に弱いアザミなどは、四六時中抱かれていたくなってしまう。
引き切らぬ快感の中、アザミは働かない頭をフル稼働させて、そう考えた。
「……んん……」
アザミに体重を乗せないように気を付けつつも、こちらに圧し掛かる体勢になっていた男の肩を押して、アザミはもぞりと腰を動かした。
萎えていて尚、通常の男よりも大きい怪士のペニスを、後孔から抜こうとしたのだった。
「アザミさま」
「ん……」
「アザミさま。愛してます」
男の唇が下りてきて、キスをされた。
くちゅくちゅと舌が絡まり、アザミはてのひらで男の頬を包んで、その口づけを受け入れた。
「ん……ふぁ……あ、ん、んんんっ?」
不意に、アザミの体内でペニスがむくむくと膨らんでゆくのを感じ、アザミは焦って男の肩を叩いた。
「ぅあっ、バ、バカっ、大きくするなっ」
「アザミさま。もう一度。もう一度だけ……」
こちらを見下ろしてくるその双眸に、隠し切れない欲望の色を見つけて、アザミの後孔がきゅんと疼く。
もう一度だけなら……大丈夫だろうか?
アザミはおかしくなったりしないだろうか?
自問して、アザミはきゅっと唇を引き結んだ。
「わかった。但し、次は僕がおまえに乗る」
主導権を握れば、必要以上に乱れたりしないだろう、と考えてそう口にしたアザミへと、怪士があっさりと頷いた。
「わかりました」
返事とともに、怪士の逞しい両腕が、それぞれアザミの膝裏に潜り込み、肩の下辺りに足を引っ掛ける形にする。
そしてそのままで、アザミの背に手を入れて、一気にアザミを引き起こした。
「わっ、ちょ、あ、あ、んんっ」
アザミは慌てて怪士の首に抱きついた。
怪士がアザミを抱えたままで、ベッドに膝立ちになったのである。
後孔にはペニスが突き刺さったままだ。
アザミが男の首にぶら下がる形で、逞しい怪士の両腕が、アザミの足をM字に開脚させたままで担いでいる恰好であった。
ものすごい膂力を見せつけて、怪士が、ずん……と腰を打ちつけた。
「ああっ、あんっ、あっ、あっ」
ばちゅ、ばちゅ、と濡れた音を立てて男が下半身を動かす度に、アザミの体が振り子のように前後に振られる。
否応なく深くまで受け入れさせられて、ひと突きされる度に、アザミのペニスからはとろりとろりと淫液が垂れた。
「ば、バカっ、あっ、ああっ、乗る、の、意味が、ち、違うっ、あっ、と、とまれっ」
アザミは必死に首を振った。
密着した肌に、怪士の張りつめた筋肉を感じ、揺らされる度に勃起した乳首がそれと擦れて、たまらない快感が生まれる。
雄の欲望をむき出しにした男の顔もたまらなかったし、その汗の匂いにすら、どうしようもうなく感じさせられた。
アザミのペニスがまた張りつめてゆく。
奥の奥までを暴かれて、なにか、ものすごい波が来そうで体が震えた。
「ああっ、と、とまってっ、お、おか、おかしくなるっ、あっ、あやかしっ、あっ、あっ」
「なってください」
ふっ、ふっ、と荒い息を吐きながら、怪士がアザミの体を揺さぶった。
ぶちゅ、ぶちゅ、と泡立った男の精液が、繋がった部分から漏れ出して、シーツを汚してゆく。
「おかしく、なってください」
「ああっ、あっ、あっ、だ、だめだっ、あ、く、くるっ、な、なにか、くるっ」
汗で指が滑りそうで、アザミは必死に男の首に縋りついた。
泣きながら喘ぐアザミの耳に、ひそやかな笑い声が聞こえて。
「俺はとっくに、あなたにイカれている」
小さな囁きとともに、奥の奥へとペニスを突き立てられた。
「あああああっ」
悲鳴と同時に、アザミの性器から透明な液体がぷしゃぁと放たれた。
怪士も呻き声を上げ、二度目の逐情を、アザミの内側へとくれたのだった……。
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