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第3話

明くる日の月曜日。 俺は学校でも翔真とは口を聞かなかった。 翔真は普段と変わらない。 クラスメイトと楽しそうに笑って。 翔真の周りにはいつも誰かが集まっている。 俺がいなくてもいいんじゃないのか? イライラする。 喧嘩したって、どうせ俺の方が不利なんだ。 翔真といると、容赦なくコンプレックスを刺激される。 翔真は俺にはないものを全部持ってる。 俺は半年前まで、翔真が大嫌いだった。 ライバルだった。 翔真が大嫌いだった理由。 それは翔真が憧れだったから。 俺のそのまんま憧れだったから。 次の日、帰ろうとしたら、翔真が声をかけてきた。 「瑞希、明日……」 「俺、急ぐから」 何か言いかけた翔真をさえぎって、俺は教室を後にした。 翔真と(こじ)れて三日目。 限界がきて、俺はすっかり参ってしまった。 今日も口を聞かずに帰ってきたけど、昨日、ちゃんと翔真と話せば良かった。 自分の馬鹿さ加減に呆れるけど、急に翔真に会いたくて仕方がなくなる。 翔真のことで頭がいっぱいで。胸が苦しくなる。翔真のことが好きすぎて辛い。 翔真に恋してる。 恋って。楽しいだけじゃない。切なくて苦しい時もあるんだ。 翔真の空手部は、隔週で水曜日が休みになる。 今週は部活が休みのはずだった。 もしかしたら、家にいるかもしれない。 時計を見ると19時半を回っていた。 「ばあちゃん、俺ちょっと出てくるから。翔真のウチに行ってくる。すぐに帰って来るから」 台所で晩ごはんの支度をしていた祖母に声をかける。祖父はまだ仕事で帰って来ていなかった。 両親を事故で亡くした今、俺にとって二人は大切な家族だった。 でも、今は翔真に会いたい。 「こんな時間に?もうすぐ晩ごはんだけど」 「ごめん。ちょっとね」 「気をつけて。早く帰ってきなさいね」 祖母は翔真のことを、俺に初めてできた仲のいい友達だと思って喜んでいた。 翔真を信頼してるから、煩く言ったりしない。 「行って来ます」 「行ってらっしゃい」 俺は自転車に乗り、翔真の家へと向かう。 途中で雨が降りだした。 最初はポツポツ落ちていたのに、いつしか本降りになっていた。 俺の髪や服を冷たく濡らしていく。 でも、引き返そうとは思わなかった。 翔真の家は由緒ある神社だ。 正面ではなく、自宅に近い裏手に自転車をとめて、俺は石の階段を登った。 離れにある翔真の部屋の前に着いたけど、部屋の明かりは消えていて、人の気配はなかった。 俺は翔真を待つことにした。 雨はいつの間にかやんでいて、雲間から月が顔を出していた。 雨に濡れたのもあるけど、さすがに寒い。冷え込む。 今日で10月も終わり。 そういえば、今日はハロウィンだ。 ニュースではいろいろ取り上げているけど、俺の年齢になると本当に縁がない行事だと思った。 翔真と遊園地にでも出かけたりしない限りは。 三日前の日曜日。 意地はって、へそ曲げたりしないで、もっと楽しんでおけば良かった。 結局、仮装パレードも参加しないままだったし。 渡り廊下がきしむ音がして、翔真が鼻歌を歌いながら戻ってきた。 「翔真!」 俺は庭先から声をかける。 「うわぁっ、瑞希!?」 暗がりから呼んだから、翔真は本当に驚いたみたいだった。 「びっくりさせんなよ。寿命が縮むだろ?」 驚かすつもりはなかったけど、翔真の反応が可笑しくて、俺はイタズラが成功した子供みたいな気分になる。 いつもと変わらない翔真にホッとした。 「どうした?」 「ごめん。急に来て。……俺、翔真に会いたくなって……」 下駄を履いて庭に降りてきた翔真は、俺が濡れていることに気づいた。 「瑞希、ずぶ濡れじゃないか。いいから上がれ」 部屋に上がると、翔真はすぐにバスタオルを出してくれた。 「ずっと待ってたのか?寒かっただろ」 「うん」 「服までびしょ濡れだ。このままじゃ風邪引くぞ」 ずぶ濡れの俺は、日浦家のお風呂に入らせてもらい、家の人への挨拶もそこそこに、晩御飯を翔真の部屋でご馳走になることになった。 「今日は泊まっていけよ。さっき、瑞希のウチに電話して了解もらったから。明日は早く出て、瑞希ん家に寄ってから学校に行けばいいだろ?」 「ごめん。結局、迷惑かけて」 「気にすんなよ」 「でも……」 「俺は瑞希が来てくれて嬉しいぜ」 翔真は本当に嬉しそうだ。 お風呂は気持ちよくて、体も暖まってほかほかしている。 俺の気持ちもほっこり温かくなる。 「あらかたみんな食い終わってっから、残りものしかないけど」 翔真が持ってきたのは、握り寿司とお肉たっぷりのすき焼きだった。 あと、ケーキも? 「なんか豪華だな」 「ああ、今日は俺の誕生日だからな」 「えっ?」 飛び上がるくらいに驚く。 今日?今日が翔真の誕生日! 「ああ。10月31日。ハロウィンバースデー」 「今日が誕生日!?なんでもっと早く言わないんだよ!」 「わざわざ自分から言うのもな」 翔真は罰が悪そうに頭を掻いた。 「俺に祝って欲しいとか、一緒に過ごしたいとかないのかよ?」 「昨日、誘おうとしたら、瑞希、先に帰ったろ」 しまった! そうだった。 「ごめん。本当にごめん!」 俺は翔真に両手を合わせて謝った。 「いいって」 「プレゼントも何も用意してないじゃん」 彼氏の誕生日にプレゼントもないなんて。 恋人としてはどうなんだろう? 「瑞希が来てくれた。それだけでいい。俺には最高のプレゼントだ」 翔真の手が、俺の洗いたての髪をくしゃっと撫でた。 「瑞希の誕生日は12月3日だよな」 「何で俺のは知ってんだよ」 「前に書類に書いてるの見た。健康診断の時だっけ?」 健康診断は確か6月だった。 付き合う前から気にしてくれたんだ。 「瑞希の時は、もっとちゃんと祝うから。それより食えよ。冷めるだろ」 「うん、いただきます」 俺は手を合わせて食べ始める。 翔真のお母さんの手料理はいつも美味しいけれど、今日はまた特に愛情がこもっている気がする。 息子の誕生日だもんな。 それにしても。 翔真は俺のどこを好きなんだろう? すぐに拗ねて、恋人の誕生日も知らないこんな俺の……。 俺は直球で聞いてみた。 「翔真って俺のどこか好きなの?」 「何だよ、急に」 翔真はちょっと考えて。 「……そうだな。なんていうの?高嶺の花?凛としてるっいうか、群れない所とか、けっこう堂々としててすごいって思ったぜ」 「それはただの人嫌いで」 でも、高嶺の花なんて思われてたんだ。 翔真にそんな風に思われていたなんて。 何だか嬉しくなる。 「でも、実は案外、器用そうにみえて不器用だし。クールそうにみえてドジだし。隙あって可愛い」 「それって本当に好きなところ?ぜんっぜん褒められるトコじゃないけど」 「自分に正直だろ。努力家で根性もあるし、それに……」 翔真は真っ直ぐな瞳で俺を見た。 「純粋で汚れてない。綺麗だと思う」 翔真は俺が思う以上に、俺のことを見てくれている。俺がダメで嫌いなところも受け入れてくれている。 他の誰がこんなこと言ってくれるだろう。 胸が熱くなった。 離れなくない。放したくない。 側にいたい。 ずっと翔真の側にいたい。 「ありがとう、翔真。俺、やっぱり翔真が好きだ」 「いいから、食えって」 翔真はそう言って優しく笑った。

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