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第4話

その時だった。 やにわにその手を掴まれ、息が止まるほどに驚いた。目を開けて見下ろすと、何と少年は目を覚まし、半身を起こしたところだった。 「私に睡眠作用のある薬草は効かないよ」 幼い声なのに、やけに大人びた口調だった。マズルカはさらに驚き、狼狽えた。よろよろと揺れるような声で半ば自問するように口を開く。 「どうして、効かないの……?」 「薬草には耐性があるんだ」 まぁ、椅子に座りなさい。そう言われ、不思議と従ってしまう。ベッドの傍に置かれた古い椅子に半ば尻餅をつくように腰をおろした。それでいいと、少年は頷いた。 「随分と昔だが、薬草に囲まれて暮らしていた。最初の頃は陶酔したり、無性に眠たくなることがあったが、次第に慣れていった。君もよく知っているだろう?」 その通りだ。その通りだが、なぜ人間の少年がそんなことを知っている? それに7歳ほどの子が言う「随分と昔」とは、いったい? 混乱していると、少年がふと独り言ちた。 「……若返りの魔法が解けてきたな。だが、ここまで保ってくれただけで十分だ」 白のタンクトップとハーフパンツ姿から、黒いローブにするりと着せ変わった。それは母国の軍服だった。首には大尉階級を示すモスグリーンのスカーフがゆったりと巻かれ、左胸には獅子を象ったシルバーのエンブレムバッジが光っていた。 少年の背はぐんぐんと伸びる。丸かった顔はシャープになり、顔つきもどんどんと大人びる。飴玉のような目は横に広くなり、鼻梁がくっきりと高く、ふっくらとした唇は薄くなった。 マズルカはその過程をしばらく唖然と見つめていたが、彼が推定20歳前後まで成長すると、思わず裏返った声で悲鳴をあげた。 心臓が激しく、うねるように鼓動する。全身からどっと汗が噴き出し、脳髄がぐわんと揺れた。 この100年、片時も忘れることはなかった。 幼い頃の彼を見たことがないから気づかなかったが、今の姿だとはっきりと分かる。四六時中、頭に棲み着いている彼、その人だった。 「久しぶりだな」 青年は、眉尻をさげて微笑んだ。マズルカはガタガタと震える。半開きになった口からは言葉にならない声がぽろぽろと溢れ、止まらない。 本当に、本当に彼なのか? 都合の良い幻覚を見ているだけではないか? ひょっとしてどこかで薬草入りの菓子を誤って口にし、夢を見ているのか……? でも、右手に感じるこの柔らかなぬくもりは……。 「帰ってきて、くれたの……?」 そう訊ねた声は、カサカサに乾いていた。彼がゆっくりと頷いたのを見て、再び甲高い悲鳴が飛び出る。 「うそ、嘘……ブルース、本当に帰って……?」 「遅くなってすまない」 ブルースは昏い声で謝罪した。「98年前、私たちの国は戦争に負け、私は隣国の捕虜になり城に幽閉された。しかし昨年、隣国と再び戦争が始まり、数日前に母国が勝利した。私はようやく自由の身となった」 またもや、言葉が出なくなる。10月31日に家ごと人間界へ出向く以外は、外との繋がりを完全に遮断しているマズルカにとって、相手の口から語られた事情をすぐには理解できなかった。 やがて状況を把握すると、在りし日の記憶が脳裏に勢いよく横溢したのだった。

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