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第6話
「君は、本当に馬鹿なことをしたな」
ブルースが悲しげに微笑んだのを見て、全身からさっと血の気が引いていく。
「ブ、ブルース……」
「旅立つ前、確かに私は『綺麗なままでいてくれ』と言った。だがそれは、容姿のことじゃない。心の在り方について言ったんだ。人間の子供を食べてまで若さに固執する必要はなかったというのに」
心臓が凍るような、失われて左胸にぽっかりと穴が空くような。125年生きてきて初めて味わう感覚だった。
ブルースはすべてを知っている。だから、人間の子に姿を変えてマズルカに一泡吹かせ、これまでの行いを咎めようとしたのだ。
それに気づいた瞬間、唇はぶるぶると戦慄き、頭が真っ白になった。
「だが、真に馬鹿なのは私だ」
その声に、はっと我に返る。そして、目を見開いた。
深い悔恨が翳る精悍な顔に、みるみるうちに皺が刻まれていく。太かった首は荒野の枯れ木のように痩せ細っていき、重ねられた大きな手は瑞々しさが失われ、干からびたように皺々になっていく。マズルカは慄き、凝然とする他なかった。
若返りの魔法が解けたということは、ブルースは年齢相応の姿へと戻ろうとしている。
それはつまり……――
「あの時、そのことをはっきりと伝えなかったこと。何より、帰りがこんなにも遅くなったこと……詫びても取り返しがつかないが、言わせてくれ」
依然まっすぐと筋は通っているが、隙間風のような弱々しい声だった。つい先刻までそんなことなかったのに、言葉が紡がれるうちに萎み嗄れていったのだ。
「マズルカ、本当にすまない。100年もの間、君に寂しさや悲しみ、苦しみを強いてしまって……君の傍にいられず、君の過ちを止められなかった。不甲斐ない私で、申し訳ない」
はらはらと涙が溢れて落ちていく。仄かに紅潮したマズルカの頬を伝った雫は、枯れゆくブルースの手をぽたぽたと濡らした。彼の肌はそれを弾かなかった。べったりと歪なかたちにひしゃげ、そこに残り続ける。
耐えきれず、俯いた。その拍子にさらに大きな涙粒が落ち、服を濡らす。……一言では表現できない感情の数々が、荒波のごとく胸に打ち寄せていた。重く深く自身の心を傷つけ、粉々に打ち砕く。
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