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第28話
「とはいえ、遊郭だったのは本当に江戸時代までの間でございます。明治以降は違う趣向の建物として利用されてまいりました」
「違う趣向?」
ちょっと含んだような言い方をする。
「それはどういう」
詳しく聞こうと尋ねたところで、突然彼が素っ頓狂な声をあげた。
「ハニー! 見てみろ、池の中に鯉がいるぞ! でかい鯉だ!」
ガラス越しに中庭を指差しながら、本当に少年みたいなキラキラした笑顔を向けてくる。
「もーなんだよお前! 旅館でそんな騒ぐんじゃねぇようるせぇなぁ! 情緒もへったくれもねぇよ」
眉間に皺を寄せて彼に近づくと、女将が笑った。
「仲がよろしいんですのね。とても微笑ましかったものでつい、申し訳ございません」
それを英語で話すもんだけから、余計に彼が調子にのる。
「おい聞いたかハニー、オカミまで俺たちの仲の良さを認めたぜ!」
「恥ずかしいからやめろ!」
「オカミ、俺たちは本当に出会うべくして出会ったんです。俺の妻は本当に素晴らしい人間で、俺は結婚してからというもの、生きていることが楽しくて仕方がないんだ。本当に妻のことを愛しています」
「やめろバカ!」
旅行先に来てまでこいつを叱らなきゃならないのかと思うと、全然のんびりできそうにない。
顔を真っ赤にして怒る俺を、女将は着物の袖口で口元を隠しながら控えめに笑っていた。
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