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第32話

2階に向かう階段の踊り場には、旅館の中のあらゆる素材と同じく、飴色をした古びた本棚が置かれていた。ガラス戸が付いていて、奥には触るだけで埃が舞いそうな日焼けした本がズラリと並んでいた。 旧字体のオンパレードで、タイトルすら読めないものもある。 「こちらはほぼ明治後期から昭和初期にかけて発行された文学書になります。どれも歴史的に価値があるそうで、研究者の方がよくいらっしゃいますわ。ご興味がおありでしたら、ぜひお手にとってご覧くださいませ」 しげしげと眺めていたら、女将がそう言った。 「や、俺なんかが読んだって理解できるかどうか」 「ご謙遜を」 「まぁ、興味はありますけどね」 本を手に取ったら本当にタイムスリップしてしまうんじゃないかと思うほど、味のある空間が出来上がっている。木枠の明かり取りの窓が、階段に影を伸ばしているせいで、余計にそう感じるのかもしれない。 「遊郭の踊り場に中にこんな書物があるのはおかしいと思われるかもしれませんが、これは遊郭を畳んで次に営業が譲渡されてから、当時の店主が買い集めたものなのです。博識な店主だったそうで、これはコレクションのごく一部でございます。当時からここに設置されております」 言われてみれば、確かに遊郭とはミスマッチの本棚だった。その店主というのは、どういうつもりでここに本棚を設置したのか。そして、何の店を経営していたのか。 俺はまた女将に、遊郭を廃業してからのこの建物の素性を聞きそびれてしまった。すでに、俺たちの泊まる部屋の前に来ていたからだ。

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