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第76話
翌日。しとしとと雨が降り続け、竹林を散歩しようとしていた予定が台無しになってしまった。
「仕方ない。今日は室内でゆっくりするしかないな」
彼は残念そうに外を眺めて、囲炉裏を陣取ってタブレットで株価を眺めたり、ノートパソコンを叩いたりしている。
俺は雨も手伝ってか、何もする気が起きなくて、デッキに出てぼんやりと外を眺めていた。
雨で山が煙って、奥の方は白くぼやけていた。旅館の建物を一望できるこの部屋からは、山だけでなく、入り口の竹林もよく見えた。
雨が上がって青空が見えたら、ここにきた時みたいなすっきりとした爽やかな景色が見られるだろう。
そういえば、改まって見たこともなかったけど、たしか例の中庭も見えるはずだ。デッキの縁に捕まり、軽く身を乗り出す。
上から見ると、庭の中に立っている何本もの大きな松の木がそのほとんどを覆っていて、なんとなく飛び石が並んでいるのが見える程度だった。池も少し見える。
「あ、鯉いるじゃん」
思わず声が出る。なんとなくレアなものを見たような気分だ。
それなのにあの慰霊碑は、不思議と何の障害もなく、俺が見下ろした先に鎮座している。あえて部屋から見えるような場所に置かれているようにも見える。
なんだか背筋が寒くなって、囲炉裏にいる彼のところに引っ込んだ。
結局その日は何もする気が起きなくて、昼間から酒を飲んだり彼に抱かれたりしながら、あの石のことを思うのだった。
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