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第78話
「あ、違うんです、食事はもう全然不満なくて、食事どころか何にも不満ないんですけど」
慌てて取り繕う。余計なことを言ってくれたと思った。モヤモヤはしてたけど、女将に聞くほどのことでもないだろうと思ってたのに。
「オカミ、ハニーが中庭にある石をいたく気にしているんだ」
彼はオーバーに肩をすくめながら言う。
「ちょっ、いいって!」
それを窘めようとしたけど、 彼と女将の間で話は続いていく。
「石でございますか? 庭石に何が不備がございましたでしょうか? 」
「いいや、不備ではないんだ。なんだか、庭の隅の方にある、苔の生えた不思議な形の石なんだ」
「苔の生えた石、ですか」
「ハニーがその石を見てから様子がおかしい。一体あれは何なんだ?」
心配している反面、旅館に対する不信感のようなものも漂わせながら話す。俺の戸惑いとは無関係なところに芽生えた不穏な空気を感じて、嗜めるように彼の手を取った。
女将は少し考えたようにどこともない方向を見たあと、パッと視線を彼に合わせた。
「もしや、慰霊碑のことでございますか?」
ズバリ言われて、ちょっと背筋がしゃんとなる。
「慰霊碑?」
字の読めなかった彼は、首を傾げた。
「まさか見つけてくださるとは思いませんでした。庭の奥まで見ていただけたようで、ありがとうございます」
俺と彼にあった不信感みたいなものとは対照的に、女将は至って含みのない、穏やかで全てを把握したような笑顔で語りかけてくる。
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