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第80話
「あ、全然。こっちがお呼び立てしちゃったんで、このくらいは」
「申し訳ありません、お気遣いに感謝いたします、久しぶりですわ、誰かにお茶を入れていただくなんて」
そう言って上品に笑う。
「長い話になるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
微笑みながら、穏やかに尋ねられた。どうせ予定もない夜だ、朝まで話し込んだって構わない。
「お願いします!」
彼の方が食い気味で、テーブルに身を乗り出していた。
なんとなく緊張感の漂う室内で、女将は風呂敷の結い目を説く。
出てきたのは桐の箱で、蓋をあけるとすっかり茶色く変色した本が現れた。右側を上から下まで紐でゆわれていて、見るからに古い本って感じ。
「庭にございましたのは、先程申しました通り、慰霊碑でございます。あの慰霊碑も、この建物を移築以前から、当時の中庭に置かれていたものです」
女将が、俺と彼の目を交互に見ながら、ゆっくりと話し始めた。その声は聴きやすくて、すっと頭の中に入ってくる。
「ここが昔遊郭だったことはすでにお話し致しましたが、遊郭だったのは正確には江戸の末期までで、明治に入ると、バトンタッチするように別の経営者により別の施設に変わりました」
「その、別の施設というのは?」
彼が真剣に尋ね返す。女将は軽く微笑んだままだった。
「陰間茶屋でございます」
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