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第85話
「その人物っていうのは、どんな人なんですか?」
もったいぶったような言い方がくすぐったい。
女将はすっと背を正して、それは、と呟いた。思わず息を飲む。
「その茶屋史上、一番の売れっ子の陰間だったそうでございます」
少し声のトーンを落とした女将が言う。
「一番売れっ子の陰間……?」
その言葉だけで、雲行きの怪しさを感じる。
「はい、記録によりますと、茶屋に莫大な富をもたらしたのだそうです。近隣の茶屋や遊郭などにも轟くほどの評判で、彼を買うために、一流の財界人や政治家が毎夜金を積んだと」
女将の話は、まるで落語か講談のように、臨場感を伴って続く。
「もともとは、洗濯や掃除などをする、茶屋の雑用係のようなことをしていたのだそうです。茶屋に売られていたとき、すでに15歳を迎えており、陰間としてのノウハウを仕込むには薹が立っていたと」
たしかに、幼い子供が売られてくる場所としてはかなり年長だ。
「じゃあ、そもそもノウハウを仕込むのが遅すぎたから雑用をやってた人ってことですか?」
「左様でございます。陰間には踊りやお琴などのスキルも必要だったそうで、それを一から学ぶにはやはり幼い頃からの方が飲み込みも早いということのようです。体の方も、やはり幼い頃からの方が慣れやすいということで」
「ふぅん、なるほど……」
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