86 / 148

第86話

「それなら、彼がその陰間として働くこと自体がおかしいんじゃないのか? どうして陰間として働くことになったんだ?」 彼が俺を抱き寄せながら、片手で頬杖をつき尋ねる。俺も同じところに引っかかっていた。薹の立っている男をわざわざ引っ張って陰間として働かせなくてはならなかった理由が、今の時点では見えてこない。 「たしかに、陰間としては何も教わっていないわけで、何のスキルもなかったってことですよね? 売れっ子になったっていうのはどういうことなんですか?」 女将が当時のことを全て知っているかのように、疑問を投げかける。すると女将は、あくまで資料の上ですが、と前置きした。 「その方は、女性と見まごうほどの絶世の美少年だったそうでございます。もともときちんとしたおうちのご子息だったそうで、教養もあったそうです。当時としては本当に希なことだと思いますが、多少の英語も嗜んでいたとか。陰間としてのお支度が整わずとも、それに見合う器量と教養を持っていたということで、陰間に抜擢されたようですね」 「へぇ、江戸時代終わったばっかりみたいなところで、男の子が英語しゃべれたらそりゃすごいでしょうね」 たしかに、当時としては珍しいスキルだろう。

ともだちにシェアしよう!