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第89話
「彼には、想い人が居たそうなのです」
話の流れが変わって来た。
「ふーん、まぁ年頃だし、好きな人くらいはいたでしょうからね」
慰霊碑の話じゃなくて恋バナ?
だとしたら、場所が場所だけに、生優しい恋愛の話ではないのだろうけれど。
「想い人という方は2人居たそうです。お一人は学生だった時の同級生の方だったそうで、学校を辞めて陰間茶屋で働くようになってからも、ずっと想い続けていたそうでございます」
「それはまぁ、なんだか、気の毒な話ですね。立場も違うから、会うこともないんでしょうしね」
口ではそう言ったものの、恋バナなんて興味ない。恋愛ドラマすら見ないのだから。
ああわかった、あの慰霊碑は、想いのどっちかが人が死んでしまったみたいな話を遠回しに聞かされて、偲ぶために建てられたとか、多分そういう感じだろう。
勝手に想像していた直後、女将がとんでもない爆弾を投げてきた。
「もう1人は陰間をしていたときの客だったそうでございます」
「えっ? 客?」
「ちなみに同級生の方というのも殿方だったそうでございます」
「ってことは」
さすがに目が覚めた。相手は女だと思い込んでいたのを、一気に陥落させられた。
「おいおい、俺たちの仲間じゃないか!」
彼の顔がようやく綻んだけれど、陰間茶屋に勤めていて、同級生の男を想い続けていて客の男も好きになるなんて、想定していた情報とは異なりすぎて頭がうまく整理できない。
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