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第143話
帰る日。
夜のうちに雨が降ったそうで、朝はものすごい真っ直ぐな初夏の日差しに加えて、水が蒸発していく独特の暑さ、そして緑のむせかえる匂いに満ちていた。
「ご案内していなかったのですが、せっかくですので、よろしければ行ってみませんか?」
帰り仕度も済んで何をしようかなってウダウダしていたとき、涼しい笑顔の女将に誘われて出かけたのは、旅館裏の小さな小さな山だった。
太い杉と檜に囲まれ、なんとなく石畳の敷かれた山道を、しっかりと彼と手を繋いで歩く。
「大丈夫かハニー?」
何度も何度も尋ねられて嫌になるほどだったけど、それも正直嬉しかった。
女将の足が止まったのは、歩き始めて10分ほどしてから。その山の頂上にある、小さな白い石の祠の前だった。
「これは一体?」
尋ねたのは彼だった。日本人の俺からしてみれば、見るからに厳かなものに見えるけれど、その正体は軽く咳払いした女将から発表された。
「こちらは、かの2人のお墓でございます」
「えっ」
厳かついでにいろいろと考えたけど、ズバリそれとは思いもしなかった。
「お墓と申しましても、ご本人のお骨が納められているわけではございません。慰霊碑と同じく、お2人を偲ぶために造られた、オブジェのようなものでございます」
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