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第26話
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「ロイくん、もう忘れ物はないですか?」
「うん。格造さん。大丈夫」
ロイはふた月あまり入院していた個室を見渡して答えた。
「じゃあ行きましょうか。外に車を待たせてありますので」
「やだな。格造さん。言ったでしょ? 僕は今日からは、その……」
真っ赤になってその先の言葉を口籠ってしまうロイ。
「は? ……ああ、そうでしたね。ロイくんは今日から北見先生と暮らすんでしたっけ」
「うん……」
照れくさそうにうつむくロイを見て、格造が少し寂しそうに微笑む。
「……社長も奥様も寂しがっていましたよ」
「うん。でも僕をここまで元気にしてくれたのは、まな……北見先生だし、それに」
「それに?」
先の言葉を促す格造にロイは曖昧な微笑みで応じるのみである。
それに僕は学が好きだから。
彼の傍にいたいから。
学も僕を好きでいてくれるから。
でも、これは誰にも内緒。二人だけの秘密である。
一応、表向きの理由はロイの具合がいつ悪くなっても、北見がいれば対処できるということだが、本当のところは違う。
二人はお互いを必要としているから。
強く愛し合っているから。
少しでも長く同じ時間を過ごしたいから。
離れて暮らすほうが不自然だから。
「ううん。なんでもない。格造さん、父さんと母さんによろしく。家にもまた遊びに行くし」
「北見先生の家まで送りましょう」
今日は北見は休みの日である。
「ううん。すぐそこの尾池橋公園で、北見先生が待っていてくれるから」
「そうですか……」
すっかり北見に懐いてしまっているロイを見て、格造が寂しそうな顔をしたことをロイは知る由もなかった。
病院の入口で花束をもらい、看護師さんたちに見送ってもらったあと、ロイは北見が待つ尾池橋公園に向かう。
街灯の下のベンチに座り、北見はロイを待っていてくれた。
「ロイ」
「学!」
「気分は? 大丈夫かい?」
「うん。すっごく具合いいよ。ちっともしんどくない」
色白の頬をピンク色に染め、ロイが微笑むと、北見は愛おしそうにその柔らかな頬に触れた。
「よかった……じゃ、行こうか」
「うん!」
これ以上はないくらい幸せそうな表情を浮かべ、ロイは元気いっぱいにうなずいた。
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