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マツバツバキ
精も根も尽き果てるまで抱き合い、マツバが解放されたのは外がうっすらと白み始めた夜明けの時間だった。
西園寺の腕の中で微睡んでいたマツバは、格子のついた丸窓からぼんやりと朝の気配を感じていた。
下半身はまだ何かが這入っているかのような感覚が残っているし、関節はギシギシと軋んでいる。
抱かれることに慣れている身体でも悲鳴を上げるほど、今日の情交は激しかったらしい。
しかしマツバは充足感に溢れていた。
彼が自分の身体で昂ってくれた事が嬉しかったし、マツバへの執着が透けてみえた事も嬉しかった。
たとえそれが、男娼としてのマツバに対するものでも少しでもそう思ってもらえるだけで幸せだと思った。
こうして西園寺の腕の中で微睡んでるだけで、指名して抱いてもらえるだけで充分だ。
彼に特別な感情を抱いているが、もうこれ以上何かを望むと本当にバチが当たるような気がした。
「マツバ、話がある」
西園寺の言葉にマツバはハッとして身体を起こした。
居住いを正そうとして身につけるものが何もない事に気づく。
「寒いか?」
「いえ、あの…」
「おいで」
何か着ていないとみっともないからと言おうとして、再び腕の中に囲われた。
こんなに甘やかされていいのだろうかと思うほど優しくされて、胸の中がじんと熱くなってくる。
やっぱりこの人のことが大好きだ。
溢れてしまいそうな気持ちに無理矢理蓋をしてマツバは唇を噛み締めた。
しかし、いつになく真剣な眼差しでマツバを見下ろす西園寺の表情が少し気になる。
もしかして何かよくないことを言われるんじゃないだろうか。
もうここには来られなくなるとか、あるいは別の娼妓に心変わりしたとか…例えばアザミ、とか。
そんなことが頭をいくつも過り、マツバは思わず身を固くした。
しかし西園寺の口から出たのはマツバの予想を遥かに超えたものだった。
「マツバ、お前を身請けしたい」
「え……えっ?」
あまりにも唐突すぎて、頭は一瞬で真っ白になる。
「随分前から思っていたことなんだが、お前にも都合があると思って我慢していたんだ。だけど今回のことではっきりと感じた。お前はここに置いておけない」
てっきり捨てられるか、他の娼妓に乗り換えられると思っていたマツバは、西園寺の言葉を唖然としながら聞いていた。
嘘だ、そんなことあるはずがない。
彼が自分を身請けしたいだなんて。
「お前を名実ともに俺のものにしたいと思っている。ただし、それには条件があるらしい」
「もしかして…楼主にお聞きになったのですか?」
恐る恐る訊ねると、西園寺は少し訝しげな表情で頷いた。
「当たり前だろう。俺は真剣なんだ」
真っ直ぐな西園寺の言葉に胸が焼けつくように熱くなると、あっという間に目の前が滲み出してくる。
夢のようだと思った。
絶対叶うはずがないと思っていたことが、たった今叶ったのだ。
「マツバ…」
西園寺の切実な声にマツバは顔をあげた。
涙で滲む視界の先に、愛しい人が優しく微笑んでいる。
彼はマツバの返事を待っているのだ。
もう我慢しなくてもいい、そう思うと押し込めていた気持ちが堰を切ったように溢れ出して止まらなくなった。
マツバは泣きながら笑うとその逞しい胸に思い切り飛び込んだ。
「……っ嬉しいです」
幸せを噛みしめるように答えると、優しい手つきで髪を撫でられた。
「身請けの条件は厳しい。マツバにも辛い思いをさせてしまうかもしれない。それでも俺のものになってくれるか?」
力強く抱きしめられて、マツバも同じように彼の背中に手を回した。
「はい、どんなことがあってもマツバは耐えてみせます」
「…いい子だ」
何かに取り憑かれたように自然と顔が上がり、西園寺と視線が絡む。
降りてくる無数の口づけに恍惚としながらマツバはもう一度幸せを噛み締めたのだった。
To be continued
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