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姫はじめ
「ほらマツバ、しゃんとしなよ。息を吐いて」
「う……っ…あっ…アザミさんっ…く、苦しい…」
「僕をアザミと呼ぶのはやめろと、楼主に言われてるだろう? もっときつく締めてあげようか」
「あっ……ダメです……っ…あうっ」
しずい邸の男娼が住まう寮の一室で、二人の影が重なる様を屈強な男衆、怪士がハラハラしながら見つめていた。
「お言葉ながらアザミ様、そんなにきつく締め上げてはマツバ様は息ができないかと…」
見るに耐えなくなり、怪士が言葉をかけるとアザミの鋭い眼差しが飛んでくる。
「僕よりもマツバを心配する気かい?」
ジロリと睨まれて怪士は慌てて付け加えた。
「とんでもないです。ただ、その…振り袖の帯というのがそんなにぐるぐるに巻かれるものだとは知らなかったもので」
怪士の言葉にアザミはふん、と鼻を鳴らした。
「僕は毎年着ていたけれど、お前は頑なに着付けを手伝おうとしなかったからね」
傲慢な態度で思いきり顔を背けるアザミに、怪士は困ったように苦笑いを浮かべる。
「美しい貴方を前に…理性を抑える事ができるか自信がなかったからです」
怪士の言葉に返事はしないものの、アザミはうっとりと目元を染めた。
「アザミさんっ………っあの…マツバはどうしたらいいでしょうか……」
帯をぐるぐるに巻かれ、中途半端に放置されたマツバは、甘くみつめあう二人を前に居心地悪く身を縮めた。
今日は1/1、元旦である。
この淫花廓は昔ながらの遊郭を模しているため、雰囲気作りとして海外イベントであるクリスマスやハロウィーンなどはやらない。
だが、年末年始となると一大行事になる。
巨大な楼閣は隅から隅まで磨きあげられ、そこかしこに正月飾りが飾られ、日頃振る舞われないような酒や料理が並ぶ。
当然、男娼たちも正月らしく正装するのが習わしだ。
但し、正装できるのは贔屓にしてくれる客からの贈り物として着物を貰った者だけというのがちょっとした淫花廓の風潮となっている。
アザミのような人気男娼ともなると、贈り物の数が多くその沢山の贈り物からアザミがどの客から貰った振り袖を着て現れるのかが名物にもなったりしていた。
去年のマツバには上客や贔屓にしてくれる客がいなかったため正装はできなかったが今年は違う。
西園寺忠幸、マツバの上客中の上客であり想いを寄せる男から立派な振り袖が贈られてきた。
「ほら、さっさと続けるよ。僕はこの後予定が入った」
狼狽えるマツバの帯に手をかけると、アザミは再びぎゅうぎゅうと締め上げた。
しずい邸の一番手として長年君臨していたアザミが、突如として男娼を辞めてからもマツバは彼を慕っていた。
アザミはそれまでの美しく鮮やかな着物を脱ぎ、黒衣を纏った般若面姿、謂わば陰となった。
だが、その美しさは以前にも増したように思う。
それは、きっと大切な人と一緒になれたからだろう。
アザミを慕い、彼を見つめる怪士の眼差しには唯一無二の愛を感じる。
羨ましいな。
マツバはふっと目を伏せた。
互いに気持ちが通じあっている事も当然ながら、常に相手の存在を近くに感じていられる二人が羨ましい。
マツバの想い人である西園寺は、客だ。
マツバが彼に会えるのは、彼がマツバを指名し蜂巣にいる僅かな間だけ。
会えない時間の方が断然長い。
仕方のない事なのだが、こうしてアザミや怪士の仲睦まじい姿を見ていると時々自分が男娼である事を呪いたくなってしまう。
こんな事考えたらいけない。
しずい邸の中に友人と呼べる者もいないマツバに、いつも良くしてくれているアザミや怪士に対して失礼だ。
そう思うのに、目の前に並ぶ二人が眩しければ眩しいほど自分の陰が際立って見えてきて、マツバを昏い気持ちにさせるのだった。
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