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西園寺が何もせずに寝てしまった日の話

「全く、居眠りと小言しか取り柄がないような年寄りが好き勝手に言いやがって…俺たちの若い頃はもっと謙虚だっただと?頭のかたいああいう連中がいつまでも居座っているから国が良くならないんだ…」 マツバの中で、西園寺は常にキラキラと輝いている。 容姿やプロポーションは言わずもがな。 体にぴったりと合ったスーツや整えられた髪、仕草や眼差しその全てから自信が溢れ、揺るぎない精神力の強さや信念を感じる事ができる。 たとえるなら荒野に立つ一本の木だ。 どんなに強い風が吹こうとも気候が厳しくなろうとも、決して下を向かず、凛と立ち続ける強さを持っている。 しかしそんな西園寺が、今日は珍しく愚痴をこぼしていた。 愚痴の内容からして仕事の事。 どうやら年配の政治家たちに意見を捻じ曲げられたらしい。 狭い世界で生きているマツバにはよくわからないが、西園寺のような若い政治家が古参の多い政界で意見を主張し、立ち振る舞うという事はかなり大変なのだろう。 こういう時、何もする事ができない自分がもどかしくなる。 ただ酌をしながら西園寺の話に耳を傾けて相槌を返す事しかできない。 もしもマツバが外の世界で西園寺と一緒に暮らしていたら… 西園寺の疲れた心や体を癒す為に手料理を振る舞ったり、気分転換にどこか出かけたりする事ができるのに。 もしもマツバが西園寺のように家柄も良く博識であったなら… 西園寺を影で支える秘書になれたかもしれないのに。 最近マツバは西園寺に会うたびに、そんな事ばかり考えるようになってしまっている。 「西園寺様…?」 マツバがあれこれ考えていると、いつの間にか西園寺の愚痴が止まっていた。 急に静かになった西園寺が心配になり、マツバの膝の上に頭を乗せて横になっている西園寺の肩を揺すってみる。 しかし、返事はない。 そっと覗きこむと、さっきまでぶつぶつと呟いていた唇から寝息が聞こえてきた。 余程疲れていたのだろう。 まるで食事中に睡魔に負けて眠ってしまった小さな子どものように、猪口を持ったまま眠っている。 マツバはホッと胸を撫で下ろすと、額にかかった西園寺の髪をなおそう指を伸ばした。 しかしその指先が止まる。 下瞼の下の皮膚が、少し落ち窪んでいる事に気がついたからだ。 もしかしたら寝不足なのに会いに来てくれたのかもしれない… 疲れてヘトヘトなのに、マツバに会いに来てくれたのかもしれない… そう思うと、たちまち胸がいっぱいになってマツバは西園寺に抱きつきたくなってしまった。 しかし、西園寺の睡眠を邪魔するわけにはいかない。 一週間に一度の貴重な西園寺との時間。 たとえ抱いてもらえなくとも、こうして同じ空間にいれるだけでマツバにとっては幸せな事なのだ。

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