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災難
お、おい、ちょっとまて、これは…
チカン!?痴漢!?CHIKAN!?
俺が感じた違和感は尻にあった
人も多いしよく分からないけど、なんだか尻を撫でられているような妙な違和感…
いやいやいやいやいやいや、落ち着け俺
心の中で自らにツッコミを入れる
そしてふうっと一度息を吐くと、そっと目を瞑って心を穏やかにするよう試みる
そもそも満員電車だもんな
こんな風に不本意に人の体に触れてしまうことだって普通のことなのかもしれないし、ここは大人しく黙って見過ごそう………
それに俺は男だ、こんなことで騒いでちゃかっこ悪い
そう思った時だった
スル……
なっ、なにーっ!?!?!?
思い違いだと感じていたそれは、意図的に俺の尻を撫で回しているような感覚に変わった
なめらかな手つきで俺の右の尻たぶを撫で、時折手を止めては尻の穴のあたりを指で擦られたりする
こ、これは確実に俺の尻を触っている!しかも意図的に!!
その手は俺の尻をするすると撫で回し
あろうことか右の尻たぶをむにむにと揉んできた
昔から他の男子に比べて少し尻の大きかった俺は、度々からかわれるように友人から尻を触られたり揉まれたりしていた
もちろん友達から下心なんて一切感じなかったから、俺自身もふざけて叱って見せる程度のものでしかなかった
だけど今感じているそれは、そんな子供のお遊びとは全然違う
ガチのやつ!これガチのやつだ!!
どうしよう…俺男なんだけど、ぜったい女と間違えてる!!
そう思っていた矢先、俺の後ろにあったはずの痴漢の手が俺の腰に巻き付いてきた
そしてためらうことなく俺の前に手を回しそこを触り始める
やけに熱く感じる男の手が、俺のをぎゅっと掴んで弄ぶ
うそだろ!?男って分かってて…!
サァっと顔から血の気が引き、身体中に鳥肌がぶわっと浮かび上がった
き、気持ち悪いっ………………
足を思いっきり踏むか、腕を掴んで大声で叫ぶか、って考えたけどいざ自分が痴漢に遭ってるって考えると怖くて声すら出ない
腕を掴もうと思っても手が震えて力が入らない
足を踏もうと思っても足がすくんで動かない
すると怖くて何も抵抗できなくなっていると、急に生暖かい吐息が俺の耳元をくすぐった
その瞬間俺はまるで石にでもされてしまったかのごとく固まってしまい、身動きひとつ取れなくなる
「……きみ、大きくてかわいいお尻してるね………」
そして耳元でそう囁く声が聞こえる
こ、怖いっ……!
こんな状況なのに声ひとつ上げられず、痴漢のされるがまま固まっているという事実に自然と涙があふれる
痴漢がこんなに怖いだなんて、思いもしなかった
それほどに恐怖や嫌悪が俺を取り巻いて、涙はどんどん大きくなっていく
そんな時だった
「大丈夫、オレが助けてあげるから、少しだけ我慢しててくれるか?」
不意にもう片方の耳元で若い男の声が聞こえた
痴漢男のような気持ち悪さの感じが一切ない、落ち着いていて優しい声
俺はぐっと俯くと、唇を噛んで必死になって我慢した
その人がどんな人かなんてもう関係なしに、これが唯一の救いなんだと思った俺は流れそうになる涙をぐっとこらえた
それからどのくらい経っただろう
体感的には何十分もこの場でこうしているみたいに苦しかったが、現実だと2分すら経っていないだろう
俺の額を汗が伝う
唇を噛んでぐっと我慢をしている間も、後ろにいる男は俺の尻やそこを好きなように弄んだ
やっとのことで次の駅にたどり着き電車が止まって扉が開いた
ゾロゾロとスーツの人たちがお互いの体を押し合うように我先へと電車を降りていく
どうやらビジネス街らしかった
すると突然、さっきの若い男の声が今度ははっきりと聞こえた
「すいません、この駅で一緒に降りてもらえますか」
若い男は至って冷静な態度でひとりの太った男の腕を掴んだままぐいぐいと引っ張り、電車を降りる人の流れに紛れてホームへと引きずり降ろした
若い男の声を聞いた周りの人たちが一斉に顔をそちらに向ける
そして軽蔑するような目で取り押さえられた男を睨んだり、近くにいた若い女の人はスマホで警察を呼んでいるみたいだった
た、助かった…………
苦しみから解放された俺は、ほっとため息を吐く
だけど安心している暇もなく、助けてくれた人のことが頭をよぎる
そもそも痴漢をされたのは俺だ
俺も降りなきゃと思って足を踏み出そうとした
だが一足遅かったのか、乗車してくる人たちの波に飲まれてしまい扉からみるみるうちに遠のいてしまう
ふと、窓越しに痴漢を取り押さえるさっきの若い男の姿が見えた
その男は俺と同じ制服を着て、俺と同じ青いネクタイをしていた
真っ黒の短髪は爽やかで、近くに立っていた駅員さんと比べてもかなり体が大きいように見える
ふいにその人と窓越しに目が合った
その人は俺と目が合うとニッコリと笑顔を見せ、「大丈夫だ」というように親指を立てて合図をくれた
そして口パクで俺に向かって「さきにいって」と合図して駅員さんの方を向いた
俺はそんな喧騒を困ったように眺めながら、進んでいく電車に流されてしまった
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