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転校初日
結局俺はそのまま電車に乗って学校の最寄駅までたどり着いてしまった
さっきの人、どうなっただろう
俺のことを助けてくれた人はどうやらここの生徒みたいだったから、もしかしたらどこかで巡り合えたり出来たらいいんだけど…
もし会えたらちゃんとお礼を言いたいし
さっき助けてくれた人の姿が浮かんでくる
黒くて短い髪
がっちりとした俺よりも大分大きそうな体
優しそうに笑った顔は、驚くほど整っていたような気がする
その優しそうな人の良い笑顔をぼんやりと思い出すたびに、感謝の念とともにものすごい罪悪感が俺を襲う
助けてくれたって言うのに俺だけ先に登校してしまったしな…
「はぁ………どうしよう……………」
俺は駅から学校までの道をゆっくりと歩きながら深いため息をついた
さっきの出来事のおかげで余計に汗をかいてしまった
汗がシャツに滲んで少し気持ち悪い
周りを見渡すともう北高校の生徒ばかりだ
所々に先生らしき大人が数人立って登校指導をしている
はぁ、ともう一度深いため息を吐くと、俺の目の前を歩いているふたりの女子に目線を向けた
俺が今まで通っていた愛知県にある学校とは似ても似つかぬ制服の着こなし
膝裏が丸見えになるほど短い膝上丈のスカート
白いワイシャツの袖はぐしゃぐしゃとたくし上げられ、手首にはきらきらと光る華奢なアクセサリー
それに高い位置でひとつに纏められた茶色い髪は、根本が黒くプリン状態になっている
そして周りをきょろきょろと見まわすと、同じような風貌の学生が大勢いた
やっぱ東京って違うんだな…
って、目の前の女子をまじまじと観察しているからって、俺が変態だという認識はしないでほしい
決して下心があるわけじゃないんだ、決して
みんなと同じ制服に身を包んでも、どうにも自分が場違いなお子ちゃまに見えてしまっているようで何だか恥ずかしい
俺はしみじみ自分の場違い感に気持ちを押しつぶされそうになりながら眉をひそめる
それに周りの人はみんな、友人と肩を寄せてはしゃぎながら歩いているようだ
俺みたいに独りぼっちで歩いているやつは、ちらほらとはいるものの何だか俺含めて浮いているみたいだ
「うぅ…やだなぁ………」
と、今日何度目だか分からないため息を吐いてると、いつの間にか場所は校門の前まで来てしまっていた
学校との距離が近づいていくごとに、俺の緊張度はぐんぐんと上昇していく
どくんどくんと鳴り響く心臓をの高鳴りを抑えるように汗ばんだワイシャツの胸のところをぐしゃっと握ってみた
何も変わらなかったけど……
校門には生徒会と書かれた腕章をした人たちが「おはようございまぁす」と元気よく挨拶運動をしている
俺はこっそりと控えめに会釈をして門をくぐった
すると、目線の先に見たことのある人の姿が映った
「あ!いたいた!高村くん!高村翔くん!!」
そう叫びながら俺に向かって手を振って走ってきたのは、栗毛のウェーブがかったミディアムヘアに桜色のスカートタイプのスーツを着た小柄な若い女の先生
先月頭にこの学校を見学に来た際、俺のことを案内してくれた先生だ
「あたし!あたしあたし!覚えてる?前に学校を案内した!海老名志摩子!!」
「お、おはようございます…」
「うん!おはよう!」
ああそうだ、海老名先生だ……
海老名先生は溌剌とした高い声で自分の名前を連呼し、人懐っこい笑顔で俺に駆け寄ってくる
「あたしについて来てね!はぐれないでね!」
「は、はいっ」
前に学校を案内してもらった時から思っていたが、この先生は普段からかなりテンションが高いみたいだ
だけどこの妙に明るい先生のお陰か、心なしか心臓のどきどきが少し治まった気がする
と思ったのも束の間、今度は先生の甲高い大声につられて近くを歩く生徒が俺に妙な視線を向けた
何だかさっきとは違った意味で恥ずかしくなった
それから俺は来客室に連れて来られて、ホームルームが始まる8時30分まで待つことになった
大きめのソファの真ん中にちょこんと座ってシーンと静まり返った個室で口をつぐむ
廊下からは俺のクラスメイトになるかもしれない生徒の賑やかな声が聞こえてさらに緊張度を上げていく
気を紛らわすためにソファに座って今度こそ手の平に「人」という文字を書いて飲み込む
このソファふかふかで気持ちいい
やっぱり緊張してきた…また手汗が…………
俺の手のひらからはまたじんわりと汗が滲み、両方の手を重ねるとなんだかぐっちょりとしていて気持ち悪い
俺転校生だし、自己紹介とかするんだよな
そういう時ってなんて言うのがいいんだろう…
そうだ、今のうちに何を言うか決めて手のひらにメモをしておこう
これで忘れても大丈夫なはずだ
俺はカバンの中にある筆箱からペン取り出して手のひらに文字を刻んでいく
「よろしくお願いします、っと…………」
人見知りをするタイプではないけど、やっぱりはじめての場所だし何より俺は転校生だ
だからやっぱり緊張するし、友達ができるかどうかも実際不安なところだ
みんな、仲良くしてくれるといいなぁ………
キーンコーンカーンコーン
8時30分のチャイムが鳴った
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