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くしゃみはお淑やかにしましょう
「ねぇ、いいでしょ?」
「ちょ、だめですって…」
声は東階段の階段下からだった
女の人の声と、男の人の声
女の人の声はなんだか艶っぽく、男の声は低い
なんだろう……告白かな……
「これでもだめなの…?」
「だ、だから、だめですって、困りますって…」
「気持ちいいこと、好きでしょ?」
いやこれ、告白じゃないな…
なんかちょっとやばくない!?
盗み聞きはよくないと思っていたにもかかわらず、話の内容が気になってますます耳を傾ける
女の人の誘惑するような態度に、声の低い男は焦ったように抵抗しているのが感じられる
この名探偵高村、わかっちゃいました
どうやらこの状況、年上の女の人が年下の男を誘惑している模様
男の方はかなり奥手なのか拒んでばかりで女の人は不満そうに声を漏らす
「アタシが気持ちよくしてあげるから…」
「ちょっ…!」
すると聞き耳を立てていた俺の耳に、明らかに今から何かが始まってしまいそうな音が入ってきた
ベルトをしている男ならわかる、この音は相当手際のいいベルト外しの音だ!
本当は空気を読んで静かに立ち去るのが正しいのだろうが、思った以上に好奇心が増してしまいこの場を離れることができない
「アタシとセックスしよ……?」
「本当にやめてくださいって、!」
「セックス好きでしょ?」
「そういう問題じゃなくて!」
だけど俺はここで最初に思っていたのとは少し状況が違うことに気が付いた
最初は何だかんだ抵抗する男の方もまんざらでもないのだと思っていた
だけどさっきからこの拒否している感じ、もしかして本気で嫌がってるんじゃないかと思った
かと言って俺がどうこうできる話じゃないけど……
「いいじゃない、気持ちよくなれるんだから」
「いやホント、シャレになんないんで、!」
あれ、この声どこかで……
張り上げられた男の声
だが俺はこの声に聞き覚えがあることに気付いた
俺は頭の中で今日知り合った中でこの声に一致する人物を模索してみる
だがそんな俺の思考回路を邪魔するが如く、唐突なくしゃみの発動警告に無意識に上を向いた
小さい頃からくしゃみがしたくなったら上を向いて蛍光灯を見つめるといいと言われてきたのだ
「舐めてあげr…「ブエックショォオイ!!!」!?」
そして女の人の艶っぽい声がより一層色気を増したと思ったその瞬間、生理現象にどうしても耐えることができなかった俺は学校中に響き渡るくらいの馬鹿でかいくしゃみを解き放ってしまった
あー、すっきりした………
開放感に包まれながらすんすんと数回鼻をすする
我ながら不細工なくしゃみだ
「意味わかんないっ……サイアクっ…!!」
階段下の事情のことなんてすっかりくしゃみと一緒に吹っ飛んで廊下で鼻をすすっている矢先、現場から長い茶髪を綺麗に巻いた女の人が走って出て行った
あ、やば……………
女の人はすれ違いざまに俺をキッと睨むと、そのまま階段を駆け下りて行ってしまう
謝ろうと思って廊下を小走りで追っかけてみたけどもう姿は見えなくなってしまった
まぁ、あんな場面聞かれて邪魔してごめんなさいって言われてもなぁ…
なんだか悪いことをしてしまったような気がしてしゅんと下を向く
これからくしゃみが出そうになった時はちゃんと状況を確認してからするように心がけよう…
そう反省していると、階段下からさっきの男の人のものらしき吐息が聞こえた
あ、男の人……!
邪魔してしまった俺が言うのもなんだが、なかなか出てくる様子もないから様子を見て謝ろう…
「あの……大丈夫でした?って邪魔した俺が言えたことじゃないんですけど…」
「あ、あぁ………」
「別に本気で邪魔しようと思ったわけじゃなくてですね、これは生理現象と言うか………」
壁に背中をつけて座っている相手の顔は暗くてよく見えないが、一方的に謝罪をする
ちょっとした言い訳も添えて
「わ、悪気があった訳じゃないのでどうかご勘弁しt…」
「翔?」
あれ、今翔って………?
俺が最後の言い訳と命乞いをしている時だった
そのどこかで聞いたことのあるような低い声が俺の名前を呼んだ気がした
びっくりした俺は目を見開いてしまう
それと同時に窓から夕日が差し込んで、暗い階段下を照らした
暗くて見えなかった男の顔が夕日に照らされて明らかになる
するとそこには見覚えのある顔
そこにいたのはアキだった
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