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これからも
ガタンガタンと電車が揺れている
昨日と同じで車両の中は満員だ
今にも押し潰されてしまいそうで空気が薄くて苦しい
額にじわりと汗がにじみ、それが頬を伝って首筋へ流れていく
だけどこの汗は、日に日に高くなっていく気温やこの満員電車だけのせいじゃない
「今日は、痴漢されることないよな?」
俺の上から低く呟く声がする
その声に反応するようにちらりと目線だけで上を見上げてみると、そこにはあまりにも整った綺麗な顔
キリッとした眉と高い鼻が印象的なイケメンフェイスが俺をじっと見下ろしているのだ
そう、俺は今扉に背を付けてアキの腕の中にすっぽりと収まっているような状態
背の高いアキは俺をまるごと隠してしまえるほどに背中も大きいことを知った
「怖くなったらいつでも言ってな?」
「あ、ありがと…………」
にっこりと笑うと白い歯がキラリと光るみたいでますます爽やかさに拍車がかかる
おずおずとお礼を言う俺にアキはうん、と笑って頷く
確かにアキが守ってくれているから痴漢に遭うことはない
そもそもこの体勢じゃ痴漢が俺の尻に触れることは物理的に不可能
なのはいいんだけど………
「うおっ、と、」
ガタンと大きく揺れた衝撃で身体がさっきよりももっとアキと密着する
アキはとっさに俺の体を抱き、大きな右手は俺が扉で頭をぶつけないようにする為なのか後頭部に回される
や、やばいっっっっ…………
ち、近いどころの話じゃない……!
「ごめんな、苦しいよな」
俺の頭の上からかすかにアキの低い声が聞こえる
すっぽり収まる俺を抱く腕にぎゅっと力がこもったように感じた
「そ、そんな……ごめんだなんて」
「もう少しの辛抱だから、大丈夫だからな」
アキが謝ることじゃないのに……
守ってもらっているのは俺の方なのに……
それなのにアキは俺に申し訳なさそうにごめんと言って、ぎゅっと俺の体を抱く
「アキ…お、俺、ごめ………」
「大丈夫、オレがついてるから、な?」
むしろ謝るならこっちの方だと思い口を開くと、アキはとっさにそれを遮り大丈夫だと言って頭をよしよしと撫でてくれる
俺の後頭部を包むアキの大きな手
それにぴったりと密着した分厚くてたくましい体
その全てからアキの体温が伝わってきて、ぐんぐんと俺の体温を上げていくのだ
こう言うモテ仕草?って素でやってるのかな
だとしたら本当に王子様だし女子が追っかけ回すのも無理はないと思ってしまう
こんなに優しくされて惚れない女子なんていないに決まってる
同じ男のはずなのに、俺の頭に触れたゴツゴツした大きな手がものすごく心地よく感じてしまう
「慣れるまでオレがずっとこうしてるから」
慣れるまでって…………
これからも一緒に学校行くって、こと、かな……
自分の鼓動がドクドクといつもより早く脈打つのに気付いた
なんだか自分がおかしくなったみたいだ
まるでベタな少女漫画のワンシーンみたいに、どくんどくんと身体中に鳴り響いて止まらない
どうかこの音がアキに聞こえていませんように……
それから数分後、電車から降りた俺たちは学校までの道のりを並んで歩いた
な、なんかすごい視線感じる……………
まぁそれもそのはず学校近辺の道のりはほぼ北高校の生徒ばかり
そして人気者のアキと見知らぬ俺が一緒に歩いてるってなったらそれなりに視線を集めるわけであって
と言っても視線の的はアキで
隣の見知らぬ転校生は空気みたいなものだけど
「輝くんよ」
「今日もカッコいい…♡」
「誰かと一緒に登校なんて珍しい」
「てか誰?あの普通の子」
「男子でも輝くんの隣独り占めするなんて…」
…………どうせ俺は普通ですよ………………………
ヒソヒソと聞こえる女子の声に、心の中で反発する
アキへの憧れや好意を俺への敵意にすり替えないでほしい
俺が女子ならその敵意は素直に受け取るが、まず俺男なんですけど
そんなにアキの隣を歩きたいなら自分から誘っちゃえばいいのに、なんて思いながらも自分がこうやってアキの隣を歩いている姿がなんとなく場違いな気がしてくる
なんだか人気者のアキと一緒に歩いてるってだけでおこがましく感じてきた
俺みたいなのがアキと歩いてるなんておかしいのかな…
自分で言ったくせに少し心に傷を負った気がする
「ん?どうした?」
アキが肩越しで俺の顔を覗き込んでくる
どうやら俺の歩くペースが落ちていたらしい
「あ…ごめん、なんでもない…」
「そうか?」
「うん」
「なんか元気ないぞ?」
「そ、そんなことないけど……」
「本当か?嘘ついてないよな?」
アキはまるで俺が良くない考え事をしていることを見透かしているかのように尋ねてくる
こういう人の気持ちに敏感で、鋭く何かを見極められるアキは本当に性格がいいんだと感じる
「オレと歩くの、嫌か?」
するとそんな優しいアキが、しゅんと寂しそうに言った
急に落ち込んだような低い声に、俺はハッと顔を上げアキの顔を見る
俺の心を読んだのか…?
いや、俺は嫌だなんて思ってないしそもそも悪いのは転校生なのに出しゃばっている俺であって…
アキは隣で少し寂しそうなでもはにかんだような複雑な顔をする
「よく言われるんだよな、オレと並んでこの道歩くと周りからの視線が気になって落ち着かないって」
「え…………」
「だからひとりで登校するようにしてたんだけど、翔と一緒に行きたくて………」
そう言って眉をひそめ困ったように笑う
そしてオレだって普通なのにな、と言って頭を掻く
そんなアキの姿を見て、さっきまでの自分の気持ちを叱った
アキは誰かにこうやってちやほやされることを望んでるわけじゃない
だけどみんなアキに憧れを抱くから、必然的にこんな状況になってしまうだけなんだ
それならアキが俺を選んでくれたんだって、ちゃんと自信を持たなきゃだよな
「俺、嫌じゃないよ!アキと歩くの」
勢い余って思いのほか大きな声が口から飛び出す
近くにいた人はビックリした顔をして俺を見る
それに気付いてとっさに口を両手で覆う
やべ〜〜〜なんか俺恥ずかしいことしちゃったかも
だけど間違ったとは思ってない
アキだって普通に生活したいんだ
それなら普通な俺が隣にいたっておかしくないし、俺はアキのこと女子みたいにちやほやしたりしない
ちゃんと対等に扱うんだ
「そ、そっか!ありがとな!」
「い、いや…俺は何も…」
「じゃあこれからもオレと一緒に学校行ってくれるか?」
「お、俺でよければ」
気付けば俺はアキと顔を見合わせて笑っていた
なんだか嬉しかった
一緒に学校行こうって言われたのも、ありがとうって言われたのも
勇気出して、嫌じゃないって言ってよかったと思った
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