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口説いてるんですか?※

「でもまず先に手当てな」 「う、うん…」 「あ、爪欠けちゃってる」 「うぅ…………」 アキが俺の左手を優しく扱う 血が出ていたのは、ボールが当たった衝撃で小指の爪が欠けていたからだったようだ 痛みで麻痺して気付きもしなかった 自覚すると、何だか痛くなってきた気がしてぎゅっと目を瞑る そんな俺にアキはちょっと我慢な、と言うとしっとりとしたガーゼを当てられた感触 じんわりと沁みてくる感じとこの独特の匂いからして、消毒液で消毒されているのだろう 「いたいいいぃ………」 「ほら、やっぱり痛いんじゃん」 「だって………」 「もう終わるから、あとちょっと我慢な」 そう言われ、俺は顔を背けぐっと目を瞑り我慢する 少しずつ沁みるような感覚が消えてきて、そっと目を開けてみるとアキが絆創膏のパッケージをぺりぺりと開けているところだった 「こういうのな、2枚貼るといいんだって」 「あ、俺もそれよくする」 「な、こうすると取れなくていいもんな」 ニッコリと笑いアキは1枚目の絆創膏を縦向きに爪を上から覆うようにして貼る そして2枚目を、その上からぐるりと巻くように横向きに貼ってくれる 爪の手当てが終わるとアキが俺の隣に腰掛ける そして今度は突き指らしき痛みの手当てを始めるアキ さっき作った氷水が入った氷嚢を、拾い上げた俺の手にそっと当てられる 「ちょっと冷たいけど、しばらく冷やそうな」 「あ、ありがと…」 「ん」 ひんやりと冷たい氷嚢を受け取り、無傷の右手で左手を冷やす 徐々に気温が上がっているこの時期、体育上がりの俺にはこの冷たさが心地よい するとコツン、とアキの肩が俺の肩に触れる びっくりして瞬きの回数が急に増える だけどアキは、離れようとはせずに遠くを見つめて隣で小さく鼻歌を歌っている ここで俺が急に距離を取っても変だしな…… そう思って硬くなった体を動かせずに、ちらりとアキの方に顔を向ける 鼻が高くて彫りの深い綺麗な横顔に、思わず見惚れてしまう 伏せられたまつ毛はあまり長くなくて男っぽい 「なに、すっげぇ見てくるじゃん」 「へっ!?お、俺そんなに見てた…?」 「うん、じーって見てた」 いつの間にかアキに見惚れていた俺は、指摘されてかあっと顔が熱くなる 見られていたことなんて気にも留めていないような様子のアキはあははと笑っている 恥ずかしくなって俯くと、今度はなにか視線を感じる 顔を上げてアキに視線を向けると今度はアキが俺をじっと見つめて、そしてぷはっと弾けたようにまた笑い出す 「ははは、仕返し!」 「ちょっ……恥ずかしいって……」 「翔もオレのことガン見してたじゃん!」 「お、俺はアキみたいに綺麗じゃないから嫌なの」 この世に生を受けて16年、ずっと普通が似合う平凡男子として生きてきた きっと昔からカッコよかったアキみたいに人から見られ慣れてないんだ俺は! 頬がほやほやと熱くなっていく 自身の体温が上昇していくのが恥ずかしくて、そっぽを向く 「なんで?すげぇ綺麗だよ、オレは好き」 「へっ…!?」 「あ、耳まで真っ赤だぞ?」 するとアキの口から人生で一度だって向けられたことのない言葉が俺に投げかけられる 驚いて顔を勢いよくアキの方に向けてしまう アキはまたいたずらに笑って、頬をツンツンとつついてくるアキ だけど人生ではじめて言われた“綺麗”なんて言葉が俺の頭から離れなくて、頬をつつかれる感触なんてこれっぽっちも感じない き、綺麗………!? 俺が!? 自称普通が似合う男ナンバーワンのこの俺が!? 綺麗なんて言葉、中学時代に家庭科の授業で先生から 「高村くんの切ったトマトは綺麗ね」と言われたくらいだ それは俺ではなくトマトに向けられた“綺麗”だ 俺のビジュアルに対して“綺麗”だなんて言葉、貰った覚えは一度もない 「なっ、なに変なこと言ってんだよ…!」 「あははは、本心だって、マジで!」 「く、口説いてんのかよ……!?」 「ふふ、さぁ、どうだろうな…?」 真っ赤になったであろう顔を隠すようにアキから顔を背ける そんな俺の顔をニヤニヤと変な笑みを浮かべて覗き込んでくるアキの正真正銘綺麗な顔面 冗談っぽく言う言葉を真に受けないようこちらも冗談っぽく口説いてるのか、なんて言うけど曖昧な返事をされてしまう な、なにこいつ………! こんな態度取られたら、女子は骨抜きにされるに決まってる…! 当人はオレだって普通なのにな、なんて言ってはいるが普通の男が綺麗だよなんて口にしても気持ち悪いだけだ つまりこいつは普通じゃない こんな言葉を違和感なく男相手に投げかけられるくらいに人たらしな男なんだ 「あ、氷溶けたみたいだな、そろそろ戻れそうか?」 「俺は最初から大丈夫だって………」 「またそんなに強がって」 「つ、強がってないし…………」 俺がこいつの人格をはっきりと理解したつもりになっていると、アキが左手に添えられている氷嚢に触れる 氷が溶けていることを確認したアキに声を掛けられ、思わず強がってしまう 強がっていることもお見通しなアキは、それを俺の手から一度引き取ると新しい氷を入れまた俺の手に戻す 「よし!休憩終わり!教室戻ろうぜ!」 「う、うん…………」 立ち上がって皺が寄ったベッドを整える それを終えるとアキと一緒に扉へ向かって歩き出す あ、俺、アキにちゃんとお礼言えてない……… ふと思い出した、大事なこと 小さい頃から義理と人情の厚い姉に言われてきた ありがとうとごめんなさいがちゃんと言える男になれと 「ア、アキ…!」 「ん?どうかしたか?」 扉に手をかけるアキを呼び止める 俺の呼びかけにくるりと振り返ると、こてんと首を傾げるアキ 「その…………………ありがと………」 何だか小っ恥ずかしいかった だけどちゃんと言わなきゃ そう思って言った 変にからかわれたけど、アキは俺を助けてくれた 「ん!」 俺のへたくそなお礼に、アキはにっこりと笑って頷いてくれる その笑顔にまた胸がぎゅうっとなる よく分からないけど、ぎゅうっと それからアキの後を追って、俺は真っ赤になった顔を見せびらかさないように下を向いて廊下を歩いた

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