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ハプニング

北高校に転校して2週間が経った 毎日のアキとの登下校にも慣れてきて、クラスにもたくさん友達ができた 俺が最初に思い描いていたような人なんて全くいなくてみんないい人だ 転校生って肩書きが興味を引くのか違うクラスや違う学年の人なんかも話しかけてくれて、交友関係が広がったような気がする だが今、東京に越してきて初めての事態に遭遇している 雨だ そう、この雨、なんて憎たらしいんだ! 小さい頃は雨の日が大好きで、傘と同じ色の長靴を履いて出かけるのが楽しみだった その格好で地元を出歩けば同じような格好をした友達がたくさんいて雨の日は俺のお気に入りだった だけど今は違う 人の数がいつもの倍はいる 山ほどいる人間が、我先にと互いを押し合っては肩をぶつけ合っている 雨なだけあって普段地下鉄を使わない人も地下鉄を使うようになっているんだろうが、まさかこんなに人が多くなるなんて予想もしていなかった 「あっ……」 「す、すいませ……」 隣を歩いていた大学生くらいの男の人と肩がぶつかってしまう とっさに男の人に謝るも、もうすでに男の人は俺のはるか先をずんずんと歩いて行ってしまっていて俺の声が届くことはなかった これが東京なのか…… 2週間たって、少しは東京に馴染めたと思っていたのに、こういう人と人との距離感は今だに分からないままだ 「はぁ……」 この雨のせいなのか 届かなかったごめんなさいのせいなのかは分からないが、気分がどんよりと沈む感じがする じめじめするし暑い……もうやだ………… 俺は持っている水色の傘で地面をカンカンとつつく すると俺の肩をトントン、と誰かが軽く叩いてきたのに気付く 「翔、おはよ」 「あ、アキ……おはよ……」 俺の肩を叩いた正体はアキ こんな人ごみの中でさえも、アキの笑顔は輝きを忘れていないようだ 「人多いな、今日雨ひどいもんなあ」 そう言ったアキは、へへ、と困ったように笑いながら傘をくるくると畳む アキと並んで電車の到着を待つ 隣に立っているアキをちらりと横目で見てみると、ネクタイを緩めながら首筋を伝う汗を腕で拭っている そんなアキの何気ない仕草に、不覚にも少女漫画のヒロインのようにドキッと胸がときめいてしまうのを感じる いやいや、なにときめいちゃってんの俺 そりゃアキは少女漫画に出てくる王子様のようにかっこいいかもしれないけど、俺はヒロインじゃないぞ 俺を少女漫画で例えるとしたらせいぜいクラスメイトCくらいが妥当なところだ 『まもなく3番乗り場に列車が到着します』 脳内の小さい俺がまたばたばたと慌てふためいていると、機械的なアナウンスがホームに響き渡った 「お、来たな!今日は一段と人多いなぁ」 「やっぱ雨の日ってこんなもん?」 「まぁな、オレはもう慣れてるけど翔にはまたいつもみたいにするから安心してな!」 と言って何故か俺の頭をポンポンと撫でる こいつのこの事あるごとに頭を撫でる癖はわざとなのだろうか 確かに頭を撫でられるのは気分が悪いわけじゃないが、男相手にこれはどうかと思うぞ と言うか、こんなことをむやみやたらにするから、すぐに女子に追っかけ回さちゃうんじゃないのか 心の中でそう思いながら、俺は雨のようにじっとりとした視線をアキに向ける 俺にそんな風に思われているなんて思いもしていないアキは、俺の隣でにこにこしている まもなくして電車が到着し、俺とアキは人の流れに乗ったまま電車の中へと流されていった ところでさっきアキが言ったいつもみたいにってのは……… 「ア、アキっ、苦しくない…?」 「大丈夫、オレは慣れてるから、な?」 昨日よりもぎゅうぎゅうに詰められた車両の中で俺とアキは小さな声で会話をする 昨日よりアキとの距離が近い ぎゅっとくっついたアキの分厚い胸板から、どくんどくんと心臓の音が聞こえてくる そう、いつものってのはこう言うこと 俺は2日目の登校以来、毎日アキの腕の中に収まってアキと向き合いながら電車に揺られているのだ もう慣れたとは言ったけど、やっぱりこの距離感はすごく緊張する 『まもなくー○○、まもなくー○○です』 再びアナウンスが聞こえた 前にアキが俺を襲った痴漢を引きずり下ろした駅に着いたみたいだった ひとつ駅に着くたびに少しずつ気持ちが落ち着いていく それにここではたくさんの人が降りるとこの2週間で学んだからな きっとさっきよりも気持ち余裕ができるに違いない…… そう思っていたのに 降りて行く人ももちろん多いが、乗ってくる人の数はもっといた なんてこった………!! 俺はアキの肩越しにゾロゾロと増える人を唖然として見ているしかできない そんな間もアキは俺が怖がらないように大きな壁になってくれている 「ったく!邪魔なんだよ!降りらんねぇだろうが!」 すると急に男の怒鳴り声が聞こえて、肩が跳ねる 痴漢に遭ってから、俺は少し乗り物に乗るのが怖くなっていた それに気付いたのかアキは俺の肩をトントン、と優しく叩いて耳元でそっと大丈夫だからな、と優しい声で言ってくれる 顔はよく見えなかったけど、金髪でピアスをたくさんつけたガラの悪い男の人が舌打ちをしながら人混みをかき分けて行く 男の人は他の人にぶつかろうが何だろうが気にせずにガンガン降り口へと進んで行く こ、こわ…… 「ッチ、どけよガキ!」 「うぉっ、!」 その金髪の男の人がアキの後ろ側まで来ると、まるでわざとかのようにアキにぶつかった とっさにアキに大丈夫かと声をかけようとする しかし俺の口は何かに塞がれているようで、開くことができない 不思議に思って意識をそちらに向けると、なんだか暖かいような、柔らかいようなものが俺の口を塞いでいるようだった

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